絞って撮るNokton Classic 35mm
2021.11.29PHOTOGRAPH and WOLF写真を取り続けてきて、あのレンズはどうだろう?この組み合わせはどうだろう?という飢えは大分収まってきた。新しいカメラについてはM型ライカくらいにしか興味がないし、遠くの動物を撮るとき以外はマニュアルレンズしか使いたくないし、大きくて重い機材は嫌なので選択肢は限られてくる。ヨドバシのカメラコーナーに行くと1時間以上ウロウロとしたものだか、最近はカメラを見に量販店に行くことすらあまりない。カメラもレンズも片っ端から試したわけじゃないが、いくつか使ってみるとバカなりに自分の傾向と好みがわかってくる。あらゆる場面で、わからない人よりわかっている人の方が、圧倒的に「楽」なのだ。
35mmという汎用性に優れた画角も各メーカーから沢山のレンズが発売されている。フォクトレンダーの35mmはNOKTON Classic 35mm F1.4とULTRON Vintage Line 35mm F2の2本を持っていて、どちらもコンパクトで味わい深いレンズだが、ハッキリとした違いがある。それは絞りを開いたときと絞ったときの描写の幅の広さだ。ウルトロンは非球面レンズを使っているせいかどのF値でも割と上品と言うか大人しい感じで、それに対しノクトンクラシックの場合はF値によってかなり幅広い表現ができるオールドスタイルだ。この「幅」が結構嬉しい。ホロッと撮りたいとき、バチッと撮りたいとき、両方の期待に応えてくれるレンズである。世間で評価されがちなファジーな開放値はほとんど使わない。例えば、食事をしている対面の妻を撮るときは必ずと言ってもいいほどF2、3m以上離れたものについては概ねF5.6かF8を選んでいる。物の質感や情景をしっかり捉えたいときもやはりこのレンズをつくったメーカーも、使っているユーザーもF5.6かF8だ。おそらく開放と開放近くの絞りにおける雰囲気が特長であり魅力であると感じていることだろう。もちろん僕も開放近くの絞りは嫌いじゃないが、どちらかと言うと絞って撮ったときの描写力に惚れ込んでいる。開放近くはファジーなくせに絞るとこんなにイイの?ユルイのとハードなのどっちもイケちゃうの?そんな贅沢許されるの?というわけである。妻や犬たちを撮るときは少々ゆるく、自分だけの写真のときはグリグリにハードに、といった使い分けが出来てしまうのだ。僕だけかもしれないが、このレンズについては絞ったときの評価がとても高い。強めの現像処理にも充分耐えられる。
気がつくと今日も明日も絞って撮っている。使いたての頃はボケ具合を確認する目的で開放近くのF値で頻繁に撮っていたが、絞りを開きすぎると結局写したい部分が「写らない」ため、次第に絞って撮るようになった。撮りたいものがちゃんと写ってないなら意味がない。往々にして背景をぼかしがちなポートレート撮影でも、ロケーションを要素として取り込まないのはもったいない。旅行先で撮る家族の写真も、ぼかし過ぎてロケーシをョンがわからない写真ばかりだと、どこ行ったのかわからない写真になってしまうだろう。逆にロケーションや時刻や状況を曖昧にしたい場合には、絞りを開いて撮る方が合っている。その場合、写真の中に含まれる情報は少なくなる。絞りを開くか、絞るか。焼きつけたい情報があるのか、あえて情報を少なくしたいのか。目指すものが違うだけで、同じものを撮ってもまったく違う写真になる。同じものを絞りを変えて何枚か撮るのは使っているレンズをまだ理解していないからで、開いて撮るか絞って撮るかなんて本当はファインダーを覗く前から決まっているものなのだ。
開放がF1.2とか1.4のレンズのことを「明るいレンズ」と言ったりするが、ISOを自在に変えられる現在のデジタルカメラを前提にすると、その表現は相応しくない。F値はもはや明るさではなく被写界深度の話だから「浅いレンズ」と言い換えた方が合っている。F値を絞るということは「深く」して撮るということだ。浅いより深く。そう言い換えると、なるほどそうかと納得できる。「広く浅く」より「狭く深く」という方が性に合ってるからだ。
絞って撮るノクトンクラシック35mmは最高だ。開いたときの描写も高得点だが、絞ったときの描写には100点をあげたい。同じラインナップの40mmも同じかと思いきや、どういうわけか似ているようで少しニュアンスが違っていた。焦点距離5mmの違いは思いのほか大きいのか。35mmは1度壊してしまい、買い直したことがあるレンズだ。今は手放してしまったが、ソニーEマウント版もなかなかいいレンズだった。年くって神経が鈍感になったジジイがフニャフニャ撮り歩いて再びこのレンズを壊してしまっても、懲りずにまた買い直すつもりだ。
このページの撮影機材
-
写真集「BLUE heels」
¥1,100 -
写真集「Nostalgia」
¥1,100 -
写真集「植物美術館」
¥1,100 -
写真集「花美 1」
¥1,100 -
写真集「花美 2」
¥1,100 -
写真集「花美 3」
¥1,100
column
- 2024.10.30レンジファインダーとの和解
- 2024.10.10黒潰れと白飛びの世界
- 2024.09.06モノクロ写真の追求
- 2024.07.23身軽なハンター Eureka 50mm
- 2024.06.28記録の写真
- 2024.06.01「P」「S」「A」モードの疑問
- 2024.05.11言葉にできない写真
- 2024.03.28強い者たちの正義
- 2024.02.25少数派に優しい Nikon Zf
- 2024.02.0135mm 凡庸者の可能性
- 2023.12.20それをする意味
- 2023.12.15テクノロジーと人の関係
- 2023.11.06Super Takumar 50mm F1.4
- 2023.09.03クソ野郎が撮る写真
- 2023.06.22花を撮る理由
- 2023.05.10写楽の日々
- 2023.03.21楽しい中望遠 APO-SKOPAR 90mm
- 2023.02.09太陽を撮る快楽
- 2023.01.13行ったり来たりの軌跡
- 2022.11.22タスクの向こうに幸福はない
- 2022.11.03LEICA M11の馬鹿ヤロウ
- 2022.09.20狙い通りに的を射る
- 2022.08.13LEICA M11と10本のレンズ
- 2022.07.08人知れず開催される「植物美術館」
- 2022.06.18日本人の遺伝子と「茶の道」
- 2022.06.07LEICA M11
- 2022.05.16写真の構図
- 2022.04.13NOKTON F1.5と50mmを巡る旅
- 2022.03.17脳とモラルのアップデート
- 2022.03.08海へ
- 2022.02.28世界の大きさと写真の世界
- 2022.01.29写真集をつくる
- 2021.12.31フィルム撮影の刺激
- 2021.11.29絞って撮るNokton Classic 35mm
- 2021.10.27時代遅れのロックンロール
- 2021.09.23雨モノクロ沈胴ズミクロン
- 2021.09.13拒絶する男
- 2021.08.22過去からのコンタクト
- 2021.07.26スポーツと音楽と写真
- 2021.07.19マイクロフォーサーズの魅力 2021
- 2021.06.24小さきもの
- 2021.05.26現実と絵画の間に
- 2021.05.11脳と体で撮る写真
- 2021.04.26理解不能なメッセージ
- 2021.04.03とっておく意味
- 2021.03.11モノクロで自由になる感性
- 2021.03.04もう恋なんてしない
- 2021.02.19ギリキリでスレスレへの挑戦
- 2021.02.09人間は動物よりも優れた生きものか?
- 2021.01.18写真の中のハーモニー
- 2020.12.24遠くへ
- 2020.12.11モノクロの世界と15mm
- 2020.11.06現像の愉しみ
- 2020.10.15ずっと使えそうなカメラ SONY α7S
- 2020.09.21写スンです GIZMON 17mm
- 2020.09.01矛盾ハンター
- 2020.07.29朽ちていくもの
- 2020.07.23花とペンズミ中毒
- 2020.07.15無駄に思えるプロセスは報われる
- 2020.06.24ズミタクマクロ
- 2020.06.19森へ
- 2020.05.25大人の夜の快楽
- 2020.05.04見直しと修正の日々
- 2020.04.13AM5:00の光と濃厚接触
- 2020.03.24何だってよくない人のPEN-F
- 2020.03.05濃紺への憧れ
- 2020.02.20NOKTON Classic 35mmとの再会
- 2020.02.15写真に写るのは事実か虚構か
- 2020.01.22流すか止めるか
- 2020.01.17ローコントラストの心情
- 2019.12.19後悔と懺悔の生きもの
- 2019.12.10飽きないものはない
- 2019.11.15小さな巨人 X100F
- 2019.10.24F8のキャパシティ
- 2019.10.05愛せる欠点とM-Rokkor40mm
- 2019.09.23植物採集の日々
- 2019.09.0263歳のキヤノン50mm
- 2019.08.22それは いい写真か悪い写真か
- 2019.08.14近くから遠くへ
- 2019.07.29雨を愛せる人になりたい
- 2019.07.081度しか味わえないその時間
- 2019.06.2465年前の古くないデザイン 1stズミクロン
- 2019.06.12街のデザインとスナップ写真
- 2019.05.15空の青 思い描く青空
- 2019.05.03近くに寄りたい欲求
- 2019.04.24変わらないフォーマット
- 2019.04.13常識と非常識の選択
- 2019.04.03ノーファインダーの快楽
- 2019.03.21ライカのデザイン
- 2019.02.26飽きないものの価値
- 2019.01.30NOKTON Classic 35mm
- 2019.01.17光と影のロジック
- 2019.01.01終わりに思う 始まりに思う
- 2018.12.17Takumarという名の友人
- 2018.12.06普通コンプレックス
- 2018.11.30季節を愛でる暮らし
- 2018.11.27失敗しない安全な道
- 2018.11.09終わりのない旅
- 2018.11.01M-Rokkor 28mmの底力
- 2018.10.19M-Rokkor 28mmの逆襲
- 2018.10.05焦点と非焦点
- 2018.09.26夜の撮影 α7R2 vs PEN-F
- 2018.09.18いま住んでいる場所が終の棲家になる
- 2018.09.10強烈な陽射しと夏のハラスメント
- 2018.08.30現役とリタイアの分岐点
- 2018.08.21過去との距離感
- 2018.07.10本来の姿とそこから見える景色
- 2018.06.16花の誘惑 無口な美人
- 2018.05.15欲望の建築とジェラシー
- 2018.04.14朝にしかないもの
- 2018.03.28過去の自分を裏切って何が悪い
- 2018.03.18夫婦とか家族とか
- 2018.03.01固定概念から自由になるための礎
- 2018.02.15ディテールを殺した写真
- 2018.02.07劣化することは悪いことだろうか?
- 2018.02.03マイクロフォーサーズの魅力
- 2017.12.27日本人は写真が好きな人種だと思う
lens
- LEICA Summicron 50mm F2 1st Collapsible
- Thypoch Eureka 50mm F2
- MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8
- MINOLTA M-Rokkor 40mm F2
- MINOLTA MD Rokkor 50mm F1.4
- Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Ⅲ
- Voigtlander COLOR-SKOPAR Vintage Line 21mm F3.5
- Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2
- Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ MC
- Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 SC
- Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 E-mount
- Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4 SC
- Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC
- Voigtlander APO-SKOPAR 90mm F2.8
- PENTAX Super Takumar 50mm F1.4
- PENTAX Super Takumar 55mm F1.8
- PENTAX SMC Takumar 200mm F4
- Nikon Nikkor-H Auto 50mm f2
- Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S
- CANON 50mm F1.8 Ⅱ
- CANON 100mm F3.5 Ⅱ
- ZEISS Planar T*2/50 ZM
- GIZMON Wtulens 17mm F16
- OLYMPUS M.ZUIKO 12mm F2.0
- OLYMPUS M.ZUIKO 25mm F1.8
- OLYMPUS M.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6R
- LUMIX G VARIO 100-300mm F4.0-5.6 Ⅱ
- All Photograph