強い者たちの正義

2024.03.28PHOTOGRAPH and WOLF

LEICA M11 / Voigtlander APO-SKOPAR 90mm F2.8

地球上の生きものの頂点に、人間が君臨すると思ってきた。人間はあらゆる生物の覇者であり優れた知能を持った特別な存在だと。確かに人間は類を見ない生きものだ。複数の言語を操って道具をつくり大規模な戦争をする。植物や昆虫や魚や獣とは、かなり違った考え方と生き方をしているのが人間だ。様々な角度から比較しても、地球上で人間が特殊な生物であることは間違いない。そして、我々人間のほとんどがが、生物の中で最も偉いのは人間だと思っている。

16年前に犬と暮らしだして、色々な場面で驚きと発見があった。ほとんどの飼い犬がそうだと思うが、うちのワンコも飼い主と一緒にいるのが何よりも好きで、感情を隠さず喜びや苛立ちや不安を体で表現する。視力、聴力、嗅覚は人間よりも遥かに優れていて、言語を使わなくても空気を読む能力がかなり高い。そして、何が一番大切なのかを本能的に知っている。何か一番大切か。つまり、今まで培ってきた主義がどうとか、社会的な成功がどうとか、プロジェクトの規模がどうとか、承認欲求がどうとか、新しいコスメがどうとか、いいねの数がどうとか、そういう低い次元の話ではない。犬たちが一番大切にしているのは、ただ一緒に生きることだ。人に面倒みてもらわないと生きていけない飼い犬は、生存能力が高いとは言えない。しかし、大切なことを知っていて判断を躊躇しない犬たちを見ていると、ダラダラとくだらないことで悩む自分たちが下等生物に思えてくる。

LEICA M11 / Voigtlander APO-SKOPAR 90mm F2.8

LEICA M11 / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

LEICA M11 / Voigtlander COLOR-SKOPAR Vintage Line 21mm F3.5

海辺を歩いたり森の空気を吸ったりしながら自然界の写真を撮り続けていると、植物や動物や昆虫の種類と数の多さを実感することになる。名も知らない植物の1つ1つ、鳥や虫たちの1つ1つに命が宿っていて、それぞれが自分たちのライフスタイルを持って生活を営んでいる。空を旋回する鳥の群れ、ちょっとした岩場の片隅でうごめく生物たち、種を持つ様々な形の小さな雑草たち。それはもう、圧倒的な「数」である。人間の数が80億だとしても、数で勝ることは決してないだろう。我々は毎日おびただしい数の命を食い散らかしているが、どんなに殺して食って食いまくっても数では勝てない。今後の方向性は多数決で決めましょう、ということになったら我々は間違いなく負けてしまう存在なのだ。そんな状況の中、地球の所有権を人間が主張するのは理にかなっていない。どデカいビルを建てても新しい街をつくっても、共有スペースを使わせてもらっているだけなのだ。

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

昨年の終わりに三浦半島に写真を撮りに行ったときのことだ。ひとしきり写真を撮り終えて、腹が減ったのでバッグに突っ込んでいたドーナツをむしゃむしゃ食べながら道を歩いていた。突然「バサッ」と音がして気づくと左手に持っていたドーナツの袋が消えいる。遠くの空に飛び去っていくトンビの後ろ姿を見て「あぁ、アイツが持っていったんだな」と知る。トンビはステルス機のように音もなくやってきて、僕に危害を加えることなく華麗にドーナツを奪っていった。その見事な行動に、驚いたし感心した。例えばラッシュ時の電車で知らないオジサンに後ろから押されたら追いかけて蹴りを喰らわしてやろうという気にさせるほど嫌な気分になるが、トンビにドーナツを奪われても何故かまったく嫌な気分にはならない。不思議なものである。鳥たちはチャンスがあれば人の食料を奪いたいと思っているが、決して人に危害を加えたいわけじゃない。野生の生きものたちが持っている節度やルールが、何となくこちらにも伝わってくることがある。今年の冬は妻と2人で横浜の川辺に群れているゆりかもめに時折パンを投げてやった。鳩も寄ってくるし、カラスも寄ってくるし、かなりの数の鳥たちが集まってくるが、どんなに食べものに飢えていても攻撃して人から奪ったりはしない。そこら辺が、我々人類とは違うところだ。最近はよく野生動物たちの被害が報じられているが、後先考えずに人口を増やして住処を奪ってきたのは僕らなので、何とも言えないところである。

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

Nikon Zf / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

Nikon Zf / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

LEICA M11 / Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Ⅲ

カメラをぶら下げて今日も写真を撮る。歩いている他人をやたらめったら撮るのは肖像権に関わるし、人工物も結構難しいところがある。そんなこんなで植物を撮る流れになってしまう。その辺にある草木を撮っても感情が沸き立つような写真にしたい、そう思って熱心に写真を撮っていると何でもない植物の造形の凄さに感心することが多い。絶妙なバランスや色、不思議なテクスチャーと存在感。実に「よく出来ている」のだ。その造形は合理的でもあり、遊び心でもある。長年デザインを仕事にしてきた身としては、植物のデザインは何とも「絶妙」で、それに比べて僕が世に出してきたものはかなりレベルの低いものに思える。もちろん、何も考えずにパソコンを操作してるだけのミソクソデザイナーに負けることは決してないが、自然界のデザインには勝てる気がしない。

LEICA M11 / PENTAX Super Takumar 55mm F1.8

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander COLOR-SKOPAR Vintage Line 21mm F3.5

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

地球上で暮らす人の数は約80億。何となくこの星のあらゆるものを人間が所有しているような錯覚を起こしている。では他の生物はと言えば、鳥の数が4000億、アリの数は1兆の1万倍とか言われていて、動物の数に植物の数を加えるとそれはもう途方もなく天文学的な数の命が存在していることになる。種類の異なる膨大な数の生命が共存している、それは奇跡としか言いようがない。自然界の不思議な共生を思うと、我々の日々の苦悩などどうでもいいほどレベルの低い話なのだ。やられてやり返すを永遠と続ける民族間紛争とか、トランプのアメリカ・ファーストがどうとか、仕事と家庭のストレスがどうとか、モラハラとセクハラはどっちが悪質なのかとか、そういうのはもうどっちでもいいからジャンケンで決めろと言いたくなるほど陳腐な話なのだ。地球という同じ土地に一緒に暮らしているんだから、人も動物も植物もみんな仲良くしようね。そういう方向性でいいんじゃないかと思うが、インフラと生活がいくら近代化しても戦争や競争や格付けを好むのが人の性のようだ。

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

外へ出て海や山や植物の写真を撮っていると、生命が他の生命と連携して循環しているのを感じる。土は草を育て、草は違う生物の食料となり、その生物はまた違う生物の…、いわゆる食物連鎖の循環である。生態系のピラミッドの頂点に立つのは、おそらく人間だろう。我々は山を切り崩し海を埋め立てて環境そのものを変えてしまうほどの覇者であり強者である。弱肉強食、いつだって正義は強者のものである。戦争で大勢の人を殺しまくると国から勲章を貰える、それが正義なのだ。強いんだから勝負をしたら勝ってしまう。知能があるからずる賢く食ってしまう。優秀な者がそうでない者の仕事と生活を奪ってしまう。それは当然のことで決して非難されることではない。だが、強者は必要以上に勝負して勝ちを量産してはいけない。そして忘れてはならないのは、弱者への感謝だ。強者の我々は、打ち負かしてきた弱者たちに「いつもお世話になっています。これからもよろしくお願いします。」と常に謙虚に感謝すべきだと思う。

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