タスクの向こうに幸福はない

2022.11.22PHOTOGRAPH and WOLF

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

犬と暮らす日々がもうすぐ15年になる。子供のように可愛いトイプードルがやがて2匹になり、犬たちの面倒をみるのも結構忙しい。フードをあげて歯を磨きトイレを掃除して散歩に連れて行き風呂に入れて爪を切る。数年前からトリミングまで自分でやるようになり、トリミング代は節約できたもののそれなりに時間がかかる。ウチの坊やたちは体が小さいので散歩は週1と回数は少ないが、健康のためにも1時間以上は歩かせるため、帰宅後のシャンプーと合わせるとそれなりに時間がかかる。歩くペースが違うため2匹同時に散歩ができない。気になることがあれば動物病院に通い、嫌がる薬やサプリを飲ませる。人の子供と比べたら大変さは遥かに少ないと思うが、何だかんだと忙しいのだ。愛しい我が子のことならどんな手間も苦にならない、そんなことを言ってしまう人は人間が出来ているのではなく単なる痩せ我慢か頭のネジがおかしくなってる人で、愛しい我が子だろうがメチャクチャ可愛い愛犬だろうが、継続して面倒みるのは間違いなく「面倒」なのである。出来ればやりたくない、本当は手を抜きたい。でも、手を抜かずにやる。なぜなら愛しているからだ。

犬の散歩中に写真を撮る。ファインダーから覗いて撮ったりノーファインダーで撮ったりして、愛犬の可愛い瞬間を狙う。撮る写真のほとんどは犬たちの写真だが、夕暮れ時で空がいい色に染まっていたり植物がいい形をしているのを発見すると他の写真も撮ることがある。犬のリードを手に持っているし、人が多いときは抱っこしながら写真を撮るのでじっくり時間をかけて撮ることはできないが、サッと撮ってもいい感じの写真が撮れるととても嬉しい。

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

写真と撮る人は2つの種類で分類される。1つは趣味で写真を撮る人、1つは職業として写真を撮る人だ。商業カメラマンという職業はライセンスを持たないという性質上、プロとアマの技術的な境界線が曖昧である。多くの人はプロのカメラマンと言うからにはさぞ素晴らしい写真を撮るに違いないと考えてしまいがちだが、あながちそうでもない。なぜならプロと言っても実力の差はピンキリだからだ。今日からはじめて仕事をするカメラマンもプロ、20年撮り続けてきた人もプロ、1カット5千円の人もいれば100万円の人もいるのがカメラマンという職業だ。比べる人によってはアマチュアの方が上手に写真を撮る場合もあり得る。じゃあプロって何なの?という問いの答えは明白で「写真を撮って収入を得ている人」ということになる。誰もがいいねと思う写真を撮るのがカメラマンではなく、ひっどい写真でも撮った写真でギャラを請求できれば立派なカメラマンである。ただし、高品質な写真が簡単に撮れるカメラが安く買える昨今ではあまりにもひどい写真だとビジネスとして成立しないし、ノンライティングで撮るアマチュアと違ってライティングをはじめとしたスタジオワークのスキルが求められるのもプロとしての条件だ。用意された状況にカメラを持って行ってパシャパシャ撮るだけの人には、継続的な仕事のニーズはあまり期待できない。仕事の種類によっても求められるスキルがかなり違う。きっちりかっちり撮ってくれればそれでいいという案件もあれば、漠然としたイメージを写真で表現するというクリエーション能力が求められる案件もある。いずれにしろ高いギャラの仕事も安いギャラの仕事もすべては需要と供給、そして案件を完結させるためのタスクの上に成り立っている。

SONY α7S / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

仕事で撮る写真と自分の楽しみで撮る写真と、はっきりと違うのはタスクの有無である。目的があればタスクが生まれる。目的のないビジネスは存在しないから、タスクがないのはまともなビジネスとは言えない。やらなければならないこと、それを制約と考えると窮屈な人生になってしまうが、飛び越えることができるハードルと捉えれば自分を成長させることができる。フリーランスよりも会社員、何も却下しない上司よりも文句をつける上司がたくさんいる方がタスクの数は多くなる。求められる項目、クリアしなければならない項目が増えるわけだ。そして、タスクが多ければ多いほど自分の実力は確実に伸びていく。今までこなしてきたタスクの数、タスク1つ1つの質がスキルを磨いてくれるのだ。成長するためにはタスクが必要だ、と言い切っても間違いではない。

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

仕事と違って趣味の写真の場合、いついつまでにコレコレの条件を満たすアレコレを準備しなければならない、さもなければ部長に怒られちゃうといった制約がないので、撮りたくなったら撮ればいいし飽きたらやめればいい、実に開放的で風通しのいい世界だ。機材を揃えるのに少しばかり金を使うが、道具が揃えば「好きなときに好きなだけ」という怠惰で最高な時間が待っているのである。日常の様々なタスクから開放されて、自分のペースで時間を過ごすことができる。タスクがない、だから楽しい。とも言える。特に仕事や子育てで人生が埋め尽くされ頭も体もタスク化している大人たちの場合、タスクのない状況は涙が出るほど貴重だ。若い人やスケジュールを埋めないと気が済まない人はその逆で、目標や制約がないと物足りない。やらなければならないことがない、そういうタスクのない状況を楽しめる人は、ある意味人生の上級者なのかもしれない。しかし、困ったことにタスクから完全に開放されてしまうと、撮影のスキルアップは期待できない。パシャ!サイコー パシャパシャ!気持ちーぜ、なんてやってて成長なんてあり得ない。具体的なイメージを思い描いてそういう写真が撮れなければ何度でもシャッターを切るといった意気込みがなければ、何枚撮ったって写真が上達するわけがない。例えば職業カメラマンが撮るような商業的な仕上がりを目指す写真じゃないとしても、今以上の何かを具体的に追い求めないと写真は上達しない気がする。壮大な目標とかではなくても、今日は何がなんでも色気のある写真を撮ってやるとか夕暮れで赤く染まる街を柔らかく撮るぞとか、そういう健気でささやかな願望が無意識のうちにタスクをつくり出していく。成長するためにはタスクが必要だ、それは趣味の写真でも同じなのかもしれない。

LEICA M11 / Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

犬の散歩は、自分の散歩でもある。犬だけじゃなく自分の運動にもなっていいよね。そう妻と話してきたが、犬の年齢が14歳を過ぎ、老化もあって片目の視力を失ってから極端に歩くスピードが遅くなってしまった。すでに平均寿命に突入し、いつまで元気に散歩できるかわからない。そうなると犬の散歩は健康維持のためのタスクではなく、残された限りある時間を一緒に過ごせる特別な時間に思えてくる。急いで歩かなくていいからな、疲れたら抱っこしてあげるからね、そんなことをブツブツ言いながら老犬と歩く。もはや、クタクタになるまで歩いて筋力を鍛える必要もない。適度に体を動かし、太陽を浴びて風を感じればそれでいいのだ。14年もの間一緒に暮らしてきた犬とゆっくりと歩く時間、そこにあるのは若干の切なさと得も言えぬ幸福感だ。

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

タスクの先にあるものは、充実感や成長だ。目の前にあるタスクを面倒だとしか思えない若者は成長できない。歳とった後に何もできない弱い大人にならないためにも、若い時代には嫌というほどタスクがあった方がいいと思う。しかし、成長を感じるのと幸福を感じるのはまったくの別物だ。幸福は、言うならば「だらしない」時の感情だ。成長は自分が前よりも大きく感じる瞬間に、幸福は自分の小ささを知りながらそれを肯定する瞬間に訪れる。

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