共存し共生する世界

2026.06.20PHOTOGRAPH and WOLF

SONY α7CII / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ

東ヨーロッパと中東を舞台に、終わりの見えない戦争が続いている。会社の存続からスーパーの食料品の値上げまで様々な悪影響があって、本当にうんざりする話である。どの時代の戦争も「なぜ?」を紐解いていくと、結局大国の欲から始まっている事実に帰結する。どの場所でも、どの時代でも、権力者のバカ野郎どもがいつも戦争を始めたがる。戦争のはじまりと集結について「なんで喧嘩してんの?」と疑問に思い、知識を入れて事情がわかったとしても不可解なことが多く、表向きのイデオロギーだけで戦争になっているとは思えない。株価や物価が上下したり、特定のものの需要が急増したりと、一部の人だけが知る本当の目的があるんじゃないかという陰謀論的な枠組みで考えた方が、どういうわけかしっくりくる。喧嘩両成敗、どちらが悪いということはないよね、という優しい考え方が我々日本人にはあるが、世界中に迷惑をかけ続けている2つの戦争において、当事国よりも関与している国々の方が悪いのは明らかである。最悪なことに、言うこと聞かないから国のトップをミサイルで殺してしまえ、そういう原始人のような行為を世界をリードする国が平然とやってしまうのだから世界平和もクソもない。人というのはどうしても戦争したい生きものらしい。どの国の歴史を学んでも、その多くは「戦争」の歴史でウンザリする。そんなに戦争したいなら火星あたりでやってろ、それが無理ならオンラインゲームの中でやれ、そう文句を言いたくなるが実際にはそうもいかず割と近くでドンパチやりたがるのである。ほとんどの場合、迷惑野郎は男だ。もし世界を女性がリードする女系社会になったら、もしかしたら今よりも落ち着いた世の中になるのかもしれない。

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

Nikon Zf / Thypoch Eureka 50mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

資本主義ではすべての人が金持ちにはなれない。頑張ったすべての人が金持ちになれるわけではないのだ。なぜなら金持ちという概念が比較で成り立っているからだ。あまり金を持っていない人やたくさん稼げない人がいてはじめて成立するのが「金持ち」なのだ。僕のように中流層の分厚い日本でずっと暮らし平凡に生まれて平和に死んでいく日本人の場合、日常生活で貧富の差を痛感することがほとんどない。年収が倍以上違っても、同じレストランを予約できるし、同じコンビニで買いものをして、同じトイレを使う。格差って何ですか?食べられるものですか?といった感じでそういう感覚は希薄だ。だが日本以外の多くの国では貧富の差を強烈に目で見て肌で感じられるようで、そこには明らかに階級のようなものがあり、行動できる範囲も異なる。格付けして分断するシステムだ。よく「格差問題」とか「格差をなくして…」なんて薄っぺらい発言をメディアで見かけるが、そもそも資本主義には格差が必須であり、人よりも頑張って働いて高い収入を得れば、そうでない人と比べて「格差」が生まれるのは至極当たり前のことなのだ。格差が悪いとはまったく思えない。理想的なのは、格差があっても「共存」できることだ。

SONY α7CII / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

SONY α7CII / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

海とか山とか林とか、植物の写真を熱心に撮っていると「コイツらは上手に共存してるな」と思う。大きいものも小さいものも、美しいものも大して美しくないものも、1つの固定された場所で見事に共存している。その有様が雑に見えることもあるが、見た目にはわからない生きものとしての共存システムがあるに違いない。さらに微生物、昆虫、鳥といった様々な生きものとミックスされて、それらが同じ環境で共生している。人間の場合、同じ種類のくせにちょっと人種が混じっただけでやっかいな揉め事が勃発するわけだから、人間以外の自然界の生きものの方が遥かにクオリティの高い暮らしをしているとも言えるだろう。

SONY α7CII / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

SONY α7CII / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ

種類の違う植物が上手に共存できるのは、人のように言語を使ってコミュニケーションをしないからだという見方もできる。口は災いの元、確かにそうとも言える。協調することが美徳と教えこまれてきた我々日本人も「共存」が得意な方だが、定義を曖昧にすることで争いを避ける日本人の共存と、地球の意志にきっちり従って生きている植物の共存は、まったく種類が違う気がする。根本的にスタンスが違うのだ。しかも、植物たちは結構個性的だ。造形と個性にフォーカスして写真を撮っていると、わざわざ密林の中に入らなくても近所で生えてる何気ない植物ですらその個性に圧倒される。個性派揃いなのによく他の個性と共存できるね、あんた達スゴイね、何ならノーベル平和賞は人ではなく植物に授与した方がいいね、と思ってしまう。もっと称賛されていい、それが植物たちの共生世界である。

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

写真を撮るのが好きな人ならSNSを熱心に見て機材やノウハウについて情報を取り入れることに夢中になる時期があると思う。僕もyoutubeで機材レビューとかカメラの比較とかそういうコンテンツを散策見てきた。そのうちカメラやレンズをいくら買い替えても自分の写真が劇的に進歩するわけじゃないことに気づいてしまい、買ったとか買わないとかそういう浅い内容のコンテンツは見なくなってしまう。僕が最近気に入って見てるのは海外レポートものや在日外国人たちのコンテンツだ。(Bappa Shota / ニック兄さん and高桑 / MrFuji from Japan)こういうチャンネルを見ているとカジュアルに日本と世界との違いが発見できるし、外国人が日本人よりも上手に日本語を使って自国や日本人のメンタリティーのことを話してくれるのが面白い。世界の人たちがどんな暮らしをしているのか、どんなことを考えているのか、それを興味深く聞くことができるのは、そこに「違い」があるからだ。優劣を評価するだけの「比較」ではなく「違い」に面白さを見出すと、長く飽きずに楽しむことができる。カメラやレンズもきっとそうだ。いま持っているレンズについてはどれもこれも気に入っていて、個性の違いを優劣で比較することはない。

人間が地球上のすべての生きものの頂点に君臨し、動物が次、植物がその次とランク付けする人が多いと思う。自由度や影響力、弱肉強食の観点で考えると確かにそうかもしれない。だか、地球が必要とするものを水や空気から数えていくと、人間のランクはかなり低い。むしろ邪魔なくらいだ。違いを楽しんで共存できない我々人間は生きものとしてのクオリティが低い。移動すらできない植物よりも。じゃあ少しでも役に立ちましょう、今日からみんなで野糞をして自然界に栄養をたっぷり還元しようね、と言うつもりはさすがにないが、もう少し「違い」や人間以外の生きものに対して謙虚になった方がいいように思う。迷惑ばっかりかけて申し訳ないね。過剰消費をなるべく抑えるから我慢してね。戦争しないで大人しくしてるからもう少しヘラヘラ生きさせてね。言い訳が尽きないテクノロジージャンキーとして、来週も来月も植物を撮影するために電子シャッターを切る写真撮りである。

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

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