大人の夜の快楽

2020.05.25PHOTOGRAPH and WOLF

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 01

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

フィットネスに行ってプールで2kmほど泳いで汗を流し共同浴場の湯船でプハーッとしたい。そんな日が来るのはまだ先のようだ。緊急事態宣言が解除されても、催眠術にかかったように人混みに突入する猿になってはいけない。家でできる運動をサボって腹の周りの贅肉が気になりつつも、できないことを嘆くより、できることを探す方が人間らしいというもんだ。感染症に限らず諸事情によって生まれた制限の中は、狭そうに見えて意外と広い。

有り難いことに我々写真を愛するオジサンには、夜の撮影という楽しみがある。ほとんどの人が家で過ごす夜の時間帯は、昼と違って極端に人通りが少ないし、ジョガーのように汗を撒き散らして移動しなければ他人に迷惑をかけることもない。人の少ない夜に、さらに人の少ない場所を見つけて足を運べば、静寂に包まれた楽しい写真との時間が待っているのだ。

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 02

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

熱心なジョガーが多い観光地では、早朝でも夜でも汗だくジョガーに遭遇してしまうので、深夜0時を回った時間に写真を撮る。深夜の撮影は眠いし翌日に響くのが少々辛いが、昼間とは違った風景が切り取れてちょっと楽しい。とは言え、夜にヘビーな気持ちになりたくないので、機材は最小限かつ軽量にしたい。強い風が吹いたら倒れてしまいそうなほど小型で軽量な三脚と、レンズはM-Rokkor 40mmM-Rokkor 28mmのロッコール兄弟。軽いレンズなら華奢な三脚での長時間露光も安心だ。α7Sはカメラで設定できるシャッタースピードが30秒までしかないので、30秒を超えて露光したいのならスマホのアプリを使う。

夜の撮影:M-Rokkor 40mm F2 01

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

夜の撮影:M-Rokkor 40mm F2 02

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

夜の撮影:M-Rokkor 40mm F2 03

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

ひょっとすると「夜を撮るにはフルサイズカメラや高いレンズでないと…」と思っている人もいるかもしれないが、条件をうまく都合すればセンサーサイズが小さくたって長時間露光はできる。マイクロフォーサーズのPEN-Fに、1万円ほどで売っているM.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6Rをつけて工場の写真を撮ったが、何とも言えない雰囲気が撮れてすこぶる満足した。

夜の撮影:M.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6R

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6R

ただし同じ機材で表現の幅を求めるなら、モダンなレンズよりオールドレンズ、マイクロフォーサーズやAPS-Cよりフルサイズセンサーのカメラの方がいいように思う。トロンとした雰囲気も出せるし、バッキバキに主張することもできる。例えば同じM-Rokkor 28mm F2.8で撮っても、撮り方と現像を組み合わせてまったく違う表現ができる。周辺部の画質の悪さ、均一でない解像感といったオールドレンズの欠点が作用していることは言うまでものない。欠点のある古いレンズを使う理由は撮影者それぞれにあるのだろうけど、過去への郷愁ではなくモダンなレンズにはない表現の幅にも注目したい。もちろん、すべてのオールドレンズが素晴らしいわけじゃないだろうし、逆に癖がありすぎて表現の幅が狭いレンズもたくさんあると思う。M-Rokkorは比較的安く手に入るあまり人気のないレンズだ。このレンズが癖が強すぎず主張が少ないというのも、レンズの人気に影響しているのかもしれない。僕がこのレンズをこよなく気に入っているのも、同じところに理由がある。ある意味「中庸」であるがゆえに、オールドレンズ特有の欠落のある表現もできるし、モダンレンズに負けない華やかな写真も撮れるのだ。

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 03

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 04

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

中庸なレンズを好むなら、使う自分も中庸ということだろうか。思い当たるフシはある。アクが強すぎて何言っているのかわからない人よりも、クセがあっても普通の会話ができる人の方が有り難い。日々意識しているわけじゃないが、自分自身もどこかしら中庸でありたいと思っている気がする。別に、無味無臭、無気力、無関心、無性欲のイマドキボーイを肯定するつもりはない。中庸とは可でもなく不可でもないというものではなく、しっかりとした体幹があってバランスに優れ、それを基点に押したり引いたり自由に動き回れる状態のことだと思う。

先日、お気に入りのオールドレンズをメンテナンスしようと思い、PENTAX Super Takumar 55mm F1.8とM-Rokkor 2本を分解掃除した。安いレンズとは言え、同じ程度のものがいつでも店頭に並んでいるわけではないので、分解は少々慎重になる。タクマー55mmは何度も分解したことがあるので問題なし。しかしロッコール40mmを分解した際に、外すつもりのなかった絞り羽を外してしまし、それを組み立て直すのに3時間もかかった。老眼鏡と拡大鏡を駆使し、呼吸を押し殺し繊細な絞り羽をピンセットで丁寧に並べ組み立てるときにそれが崩れてしまい「ぬぅぅぅおーー!」というのを何回も繰り返し、ようやく使えるレンズに再生した。大変な作業だが道具についての理解は深まる。そんなことを夜な夜なやっていると、レンズごときにより一層愛着が湧いてしまうのだ。ある意味キモいこの変態的な愛は、その先に裁判や家庭不和が待っていることはないので、数ある大人の遊びの中では安全かつ健全な楽しみと言えるだろう。

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 05

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

夜の撮影:M-Rokkor 28mm F2.8 06

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

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