世界の大きさと写真の世界

2022.02.28PHOTOGRAPH and WOLF

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

子供が大人になる瞬間がある。1人で電車に乗って遠くに行ったとき、大人たちの密かな会話を聞いたとき、脚光を浴びて周囲の見る目が変わったとき、親友の裏切りを知ったとき、そんなとき少年少女は大人への階段を登ることになる。ジワジワと成長して大きくなる身体と違って、脳と心の成長は不意に訪れるジャンプ方式だ。そのきっかけは思わぬ場所に潜んでいて、何食わぬ顔をして僕らを待ち構えているのだ。子供が大人になる瞬間があるならば、大人が老人になる瞬間というのも、きっとあるだろう。産まれた孫を抱き上げたとき、体が若いときのように再生しないことを実感したとき、そんなとき嫌でも自身の年齢を知ることになる。ひと皮むけるプロセスも老け込むプロセスも一瞬で、体験を伴って「知る」ことが自分を取り巻く世界の見え方を変えていく。

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

熱心にモノクロ写真を撮っていると、目の前の被写体がモノクロで成立するのか、そうでないのかがわかるようになってくる。光のコントラストがあることが条件の1つだが、光が回っていても色にコントラストがあったり、明暗差はなくても魅力的に撮れるケースもあるはずで、カラーでもモノクロでもいい写真になる絶対的条件というのは画一的ではない。もちろん、色情報がないことでモノクロ写真にすると何を撮ったのかわからないような写真になってしまう場合もある。撮る前に理論的かつ直感的に脳が取捨選択するわけだが、まあまあデリケートな定義の狭間を行ったり来たりするので、そういう判断速度は現在のAIでは太刀打ちできない。さらに前提として、撮る前からこういう写真にしたいというイメージがないと、モノクロ写真はやる気のない料理のように美味しくならない。カラー写真でもそれは同じだが、モノクロ写真の方がシビアで、撮影者の有り様があからさまに露見するような気がしている。そこが面白いところだ。

いったい何が撮りたかったんだ?という写真はカメラやレンズを買いたての頃に撮りがちで、性能やクセを知るための試し撮りはズババババッと撮りまくってとっとと済ませてしまい、俺はコレを撮りたいんだどうだコレでも喰らえという心を撃ち抜かれるような写真を連発したいものである。

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

オミクロンで目一杯感染者が増加して重症化はしにくいと言われているものの、何かのはずみで感染して後々後遺症なんかで悩まされるのも鬱陶しいので、外食はしない、人の多いところへは行かないという自粛を続けている。そんな中でも写真は撮り続けることができる。幸いにも元から人の多い場所でパシャパシャ写真を撮るのが好きじゃない。こんなところに、こんな場所が!こんなところに、こんなモノが!というのをチマチマと撮るのが好きなのだ。性格なのか情緒よりも造形を追うことの方が多い。人気の少ない場所へ行き、植物や人工物の魅力的な造形を写真に焼き付ける。造形の持つ魅力の中心を描こうとする行為と色を持たないモノクロ写真、この相性はなかなかよろしい。ふらっと自転車で出かけて繁みの中に入っていくと、A4サイズ程度に収まる小さな世界で思いもよらぬ素晴らしい造形に出会うことがある。たまらないライン、まらないバランス、たまらない風合い。植物なんてその辺にあるものだが、見栄えのいい花ばかりじゃなく茎や葉や蕾にも着目してみると多くの「たまらない」を発見することができる。人々が決してまじまじと鑑賞することのない地味な植物に美しさを見出し「う〜んたまらないねぇ」と呟き出したら、これはもうマニアックでヤバイ世界に足を踏み入れたと思った方がいい。不可思議で複雑なディティール、強いとも弱いとも形容しがたい自立した佇まいを小さな世界で発見すると、これはもう全力でシャッターを切るしかないない。植物の持つ完成度に比べたら、美術館に並んでるアートは退屈すぎるし、僕らがビジネスで生み出す数々のデザインも子供のお遊戯程度に思えてくる。

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

ライカMマウントの小ぶりなレンズが好きで使っているが、マクロ撮影にはやはりマクロレンズに分があるようで、Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8Sが大活躍している。このレンズは1981〜2020年の間現役レンズとして販売されていたとんでもないレンズで、マクロから遠景まで抜群の描写を魅せてくれる。ニコンのレンズで持っているものはこれ1本だけだが、全方位的に不満なし。こんなにいいレンズが中古で2万円で買えてしまうのだから笑ってしまう。

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

ネットショップで販売している作品集「花火」はお陰さまで多くの方に買っていただいた花の写真作品集だ。基本的に植物への敬意を込めて撮影・編集した。珍しい植物も、そこら中にある植物も、実に魅力的なデザインをしている。いったいどういうプロセスでこんな魅力的なものが出来上がるのか、なぜこんなデザインになったのか、植物学者ではないのでまったくもってよくわからないが、写真に撮ると知識がなくてもその凄さを実感することができる。

SONY α7S /Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8S

時が進んで知識が増え、何となく世界を知った気になっている。経済を理解し、異国の紛争を理解し、人との付き合い方を理解し、自分の有り様を理解し、休日の午後に拘りのコーヒーか何か飲みながらもう充分すぎるほどよくわかってしまって何もかも飽きてきたなぁと思ってしまう人は、ぜひ身近にある植物の造形に着目してほしい。必死に凝視しても得るものはないかもしれない。しかし、もしかしたら今まで知り得なかった驚きの何かに、世界の見え方を一変させられるかもしれない。山の頂から世の中を見渡すことだけが、世界を知る術ではない。小さい世界、その辺に転がっている世界。そこには「たまらない」絶景が待っている。