人知れず開催される「植物美術館」

2022.07.08PHOTOGRAPH and WOLF

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

美術館の展示を観て「つまらない」と感じたことはないだろうか。僕の場合、10回のうち9回は残念な気分で美術館を後にする。観てよかったと感動した記憶がほとんどないので、実際のところは100回のうち99回なのかもしれない。昔はへ〜とか、ほ〜とか、そうかそうかとか思いながら何かしら得るものがあるだろうと思って美術鑑賞をしたものだが、大人になるとそうも言ってられなくて、そのうち美術館には行かなくなってしまった。世界で評価されている作品だろうが1億円以上の値がつこうが、自分の心に響かなければ仕方がない。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

絵を描くのが好きで美術の成績はもちろん10でグラフィックデザイナーという仕事を30年近くやっている身としては、そうでない人と比べたら美術に対して関心とリスペクトがある方だと思う。美しいものを見るのはもちろん好きだ。そもそも、風景でも絵画でも料理でも女性でも美しいのもを見るのが好きじゃない人などいるだろうか?だが美術館に置いてあるアートは、我々のような素人が安直に「キレイねぇコレ」と言えるような代物ではない。パッと観てキレイだとかカワイイとかそういうわかりやすい世界ではなく、少々こじれて難解な世界なのだ。人に具体的なイメージを伝える努力をしていないからか、そもそも何かを伝えようとするつもりがないのか、より難解なものの方が美意識が高いと考えているからか。美しくもなくスゴくもない、そんな作品たちが仰々しく飾られ、それらは美術評論家のさらにわかりにくい文脈で語られて独特のマーケットと価値観をつくっている。美術品の見方はそれぞれで、それらを本当の意味で楽しむためには、美術界の歴史やアーティストの背景やコンセプトといったそれなりの知識がいるという。それなりの知識?それがないと成立しないならとても残念な話だ。音楽と同じように先入観や背景を知らなくても視覚と脳で直感的に楽しむことができる、それが美術の素晴らしさだと思いたいが、どうやら少年が夢中になる美術と大人がつくっている美術界では、何かしら決定的な違いがあるように思える。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

絵を描くのは得意だった。手先が器用だったかもしれない。ただし、絵画コンクールで優秀賞を取るような絵はかけなかった。そういう審査で入賞する絵は、悪い言い方をすると少々暗めの要素を持っていた。例えば人の顔を描いた絵でも、顔の輪郭はいびつに歪んで歯が飛び出し肌は青や緑がオレンジが混在するような配色で、そういう描き方が「真の人物像が描かれている」と評価されるのだ。残念ながら僕はそういう絵は描けなかった。入賞した絵を子供ながらに何度凝視しても、結局その良さが理解できなかった。だから大人になって美術ではなくデザインに身を置いたのかもしれない。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

美術界も時代と共に変化があるようで、近年は作品と同時にそのコンセプトが評価の対象になっているらしい。仕事でも家庭でもアートでも、行動の軸は大切だ。コンセプトがなく生まれたものは、風が吹けば飛んでしまうほど弱い。だが、作品よりもコンセプトに注意が注がれるというのは、いかがなものかとも思う。説明文がついてないと成立しないアートというのも…。音楽もアートも言語化が難しい微妙なニュアンスを含んでいて、それが我々の胸をぐぐっと捉えるのだ。そうさ、本来はアートはそういうものじゃないのかね?科学や経済やモラルや理論という網をすり抜けて、言語化しづらい崇高な領域を攻めていくものじゃないのかね!きみ!といった具合に、美術界と評論家の価値観に対する疑問は尽きないのである。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

いまや絵を描くことはほとんどなく、絵の具と筆の代わりにカメラとレンズを使って写真を撮っている。現実には「撮っている」わけだが、絵を描いている気分で写真を撮っている。写真も絵と同じく虚構の世界だ。あっちへ行ってパシャ、こっちへ行ってパシャ、朝撮って、昼撮って、夜撮ってと自分が考える「いい絵」を求めて写真を撮り歩く。この撮り歩きの日々でいまのところ飽きずに続けているのが「小さな世界」の撮影である。人の目にとまるよう飾られたものではなく、道の片隅や海辺の茂み、森の奥にひっそりと生息する植物の造形を写真に切り取る、つまり植物のマクロ〜セミマクロの写真撮影だ。花のイベントで飾られるような植物と違って、その辺に生息している植物は遠くから人が寄ってくるような派手さなどなく、誰も気にせず通り過ぎてしまう存在だ。勝手に生えて、人知れず死んでいく、地味な植物たちである。しかし、近づいて見てみると実に魅力的な造形と表情をしているものもあるのだ。優美な曲線、絶妙な配色、不思議なバランス。いったいどうしてこんな形になったんだろう?そう感心しながらファインダーを覗いてシャッターを切る。ハガキ1枚に収まるような小さな小さな世界である。こういう小さい世界は肉眼で楽しむよりも、写真に撮った方が鑑賞しやすいし魅力も増幅する。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

その辺に生えている植物は所有者がハッキリしないものの、気丈に生きている生きものには違いないので雑に扱ってはいけない。なるべく植物を傷めないようにそっと背後に白い背景紙を配置する。左手に背景紙、右手にカメラというスタイルだ。接近戦なのでピントのコントロールが難しいが、マイクロフォーサーズのPEN-FにMINOLTA M-Rokkor 40mm F2Nikon Ai Micro-Nikkor 55mm f/2.8Sという組み合わせが割とうまくいく。M-Rokkor 40mmはマクロレンズではなく最短撮影距離が80cmのオールドレンズだが、ヘリコイド付アダプターとクローズアップレンズをうまく使えば調度いい距離感をつくることができる。片手で撮るならレンズは軽く小さい方がいいし、50mmよりも40mmの方がピントをコントロールしやすいというメリットもある。植物の不思議な造形を追いかけながらフラフラと歩き、不意に立ち止まっては、お、おっ、これはいい形だパシャ、何だ?この奇妙な色合いはパシャ、という行動は、他人から見たら気持ちの悪いオジサン、警官から見たら明らかに不審者だ。しかし法を犯しているわけではないので、こちらも毅然とした態度をとらなければならない。声をかけられてオドオドしたら、それでアウトである。そういう撮影はあまり市街地では適さない。なるべく人のいない場所へ行って取り組んだ方が自分も他人も安心できるというもんだ。何でもない場所、誰も注目していないところから魅力的なものを発見することが好きで、そういう考え方は少年の頃から持っている。これはもう性分と言ってもいいくらいだ。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

植物の造形は本当に完成度が高い。遊び心があるくせに、節度がある。質感は柔らかいのに、シルエットが未来の武器のように鋭角だったりもする。こういう彫刻が並んでいたら美術館はもっと楽しいのにな、そんな気分で造形的に面白い植物の写真を1冊の写真集にまとめた。

写真はすべて屋外で撮影したが、再編することでアートを意識した作品に仕上げている。美術界と美術館に散々文句を言っておいて、それ以上の何かをこの写真集に込めることができたかどうか。言語化しづらい情報が手に取る人に伝わってくれたらと、世界の片隅から切に願う。

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