ギリキリでスレスレへの挑戦

2021.02.19PHOTOGRAPH and WOLF

SONY α7S / CANON 100mm F3.5 Ⅱ

何をするにしても、余裕を持って実行することが大切だ。時間、金、視野。どれをとっても余裕のない状況は悲惨だ。待ち合わせはいつもギリキリ、予算はいつもカツカツ、計画はいつもオザナリ。手探り状態で進むその先には必ずしょっぱい現実が待っている。何かにつけギリキリの人々はビジネスの世界では結構いて、徹夜しちゃったよとか、どうにか押し込んだよとか、条件は厳しいけど切り抜けたよとか言いながら、他人に迷惑をかけてることに気付かずにギリギリの自分にどこかしら酔いしれているところが実に困ったものだ。そういう輩は昨今少なくなったようではあるが、まだまだ生息しているのが現状である。

ビジネスや人間関係でギリギリは最悪でしかないが、「ギリギリ」が称賛と尊敬をもたらすジャンルもある。例えば音楽やスポーツがそれだ。人の声とは思えないほどのハイトーンボイス、ラインギリギリを攻めた鋭いサーブ。音楽やスポーツで人の心を動かしているのは超人的な能力とギリギリのファインプレーだ。ずいぶん前になるが日本では数少ないブルースマン近藤房之助のライブに、何度か足を運んだことがある。音の聴こえ方よりもライブ臨場感を求めて最前席に座ると、あ、この人、酒飲みながら演奏してんだな、あれ?ちょっといいペースで飲んでない?ということまでわかってしまう。ちょっと飲み過ぎて酔いが回ったのか「やばい…」という房之助の呟きまでまる聞こえだ。そんなお茶目なオジサンが弾くギターはなかなか凄い。どのライブなのか忘れてしまったが、長めのギターソロで猛スピードで飛行する鷹のようなプレイを聴いたときには身震いした。天高く空を飛んでいる鷹が、突然急降下して地面スレスレを時速150kmでぶっ飛ばしているようなスリリングなギターソロだった。酒で酔いつつもギリギリで際どいギターが弾ける近藤房之助。最高です。

SONY α7S / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

SONY α7S / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

SONY α7S / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

SONY α7S / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

ギリギリを狙った写真表現も好きだ。ハイコントラストもローコントラストも、認識できる限界近くまでくると、少々アブノーマルでいい感じになってくる。濃淡やピントの深さが絶妙でギリギリの表現。それ以上行くと失敗作になってしまうし、そこまで頑張らないとつまらないものになってしまう。そういうマニアックかつ万人受けしない写真は、スマホの小さな画面で見ても残念ながらよくわからない。写真のディテールではなく、表現そのものがギリギリでスレスレの写真も好きだ。そういえばグラビア(エロ本)というやつも、そういう心理に基づいている気がする。ギリギリ見えるか見えないか。ほとんど裸だけど見えてないね。そういうのが男どもの欲情を誘うのだ。まるっと見えてしまったら台無しだ。エロ、でなくても、ギリギリが作品に生きている写真は沢山ある。爆発や落下の一瞬を捉えたもの、政治色の強いブラックジョーク、ほとんど黒にしか見えないナイトショットなど。表現的にも倫理的にもスレスレだね、というところまで攻め込んだ表現は強い。

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

ギリギリでスレスレの表現は偶然から生まれることもあるが、ほとんどの場合撮影者が意識してつくり出したものだと思う。つまり「狙ってやっている」ということだ。思考なしで生まれたものと違って、考えて生み出されたものには力がある。こういうことを言うのは僕がデザインを仕事にしているからかもしれない。長年シコシコとデザインの仕事に向き合っていると、世の中のデザインがよく考えてつくられたものなのか、意味や意思など何もないものなのか、すぐにわかるようになってしまう。意図のないものは薄っぺらく心に何も響いてこない。デザインに限らず、映画、商品、イベント、料理、スイーツ、全部そうである。美味しい料理は「美味しくしてやろう」という料理人の意気込みに満ちているものだ。狙っても取れない賞もあるが、狙わないと撮れない写真もある。うまくいく日もあれば、惨敗してしまう日もある。そんなわけで写真を愛するオジサンの、飽くなき挑戦が続いていくのである。

SONY α7S / Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Ⅲ

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