現像の愉しみ

2020.11.06PHOTOGRAPH and WOLF

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

フィルムで写真を撮る若い人が増えているらしい。フィルムカメラで写真を撮る人がいることや、デジタルで撮った写真をフィルム調に現像することを好む人が多いことから、フイルムと印画紙に定着されるアナログ世界には、何かしら魅力があるということなのだろう。実際にはアナログチックな風合いをデジタル現像で再現することができるので、フィルムカメラで写真を撮る人はフィルムをセットしたり現像に出したりといった所作を楽しんでいるのがもしれない。中古カメラ店に行くと昭和時代に活躍した黒とシルバーのカメラが並んでる。ライカ、ライカを真似たもの、ハッセルやローライ、日本の一眼レフ。いつ見てもアナログのカメラはカッコイイ。レトロという先入観を抜きにして眺めても、昔のカメラの方が美しいのは何故だろう。昔のものはよかったのに、日本がカメラ大国となってからのデザインがよろしくない。悲しいかな我々日本人には、模倣はビカイチでもデザインで世界を牽引する力はないらしい。ピザやスイーツの世界大会で日本人がグランプリを取っているが、それも他国文化の模倣に過ぎない。

SONY α7S / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

我々グラフィックデザイナーの仕事も何年も前から完全にデジタル化し、手描きをすることがほとんどなくなった。それでも手描きやアナログの質感が欲しくて、紙に描いたものをスキャンしてパソコンに取り込んだり、キレイな文字をワザと粗くして仕上げたりして、デジタルの中でもアナログを表現することもあった。無機質なレイアウトの中に筆と絵の具で描かれた1枚のイラストが入るだけで、突然魅力的なデザインになってしまう。アナログの質感にはそういう力がある。アナログは確かにいい。レコードとスピーカーで再生された音楽は音が最高だし、凧揚げもドローンにはない風情がある。電気で便利になったものは数限りなくあるが、アナログの方がいいよね、というものも沢山ある。フィルムカメラの風情も、デジタルカメラにはないものかもしれない。

OLYMPUS PEN-F / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

僕もその昔、35mmのフィルムを買って写真を撮ったことがあるが、それはデジカメがなかった時代のことで、デジタルに慣れ親しんでからはフィルムを買ったことがない。アナログカメラとデジタルカメラの違いは、コスパや風情といったもの以外にも重要な部分がある。それは自身でコントロールできるかどうかだ。デジタルと違ってフィルムで撮った場合は、現像とプリントを他人に委ねることになる。現像するのが街のサービスでも熟練のプロでも、他人に現像してもらうことに変わりはない。仕上げの機械がオート設定なら、露出がオーバーしたりアンダーなものを自動補正して現像とプリントをするだろう。カメラの方も実際の露出をファインダーで確認することはできないので、ある程度カメラの計測やカンに露出を委ねることになる。もちろん、経験とスペシャルなブレーンを持っていれば、細部のこだわりを具現化することはできると思うが、デジタル現像に比べると遥かにハードルが高い。写真の仕上がりを自分でコントロールするか、他人任せでもかまわないか。デジタルとアナログの大きな分かれ道だと思う。個人としてどちらの方が楽しいかがポイントで、どちらがいい、という話ではない。

そんなこんなで言うと、僕は圧倒的に「自分でコントロールしたい」派だ。写真の現像は面倒な作業だが、こんなに面白いパートを他人に譲るつもりはさらさらない。1枚の写真は現像のさじ加減でまったく別物になってしまうからだ。料理に例えるなら、現像は盛り付けだ。どんなに素晴らしい料理をつくっても、盛り付けがひどかったら料理は台無しになってしまう。最高の食材で最高のシェフが調理しても、盛り付けが最悪だったら食べる気はしないだろう。現像については写真のテイストを決定づける重要なパートなので、料理なら「味付け」と「盛り付け」を担う繊細な部分なのだ。カメラが好きか、写真が好きか。少しでも写真が好きなら現像は最も楽しい作業と言える。現像するアプリケーションは正直何でもいい。キャプチャーワンでもライトルームでもフォトショップ(camera raw)でも、とにかく自分が使いやすければそれでいい。もちろん作業によっては向き不向きが現像ソフトにはあるが、アプリケーションが写真の優劣を決定することはない。パソコンとアプリケーションはデジタル現像するための道具だが、あくまで写真を現像するのは自分の「脳」だからだ。

OLYMPUS PEN-F / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

OLYMPUS PEN-F / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

1度現像した写真を、改めて違うアプローチで現像するのも面白い。RAWデータがあれば何度でも現像することができるし、あーでもないこーでもないとグズグズやっていても、1人で悶々とやっているなら誰にも迷惑をかけることもないだろう。柔らかく現像したものと、強めに現像したもの。比べて見てどちらが自分の感性を強く揺さぶるのか、それを確かめるために2つの現像をしたのに、僕の予想を裏切って「どっちもいいね」という結論に達した。両方いいね。それは仕事や結婚や住宅購入の場面では許されない。「どっちもいいね」と言えるのはある意味幸せなことなのかもしれない。写真の世界ではそれがある。

写真集販売PHOTOBOOK WOLF