みんな夢の中

2025.12.08PHOTOGRAPH and WOLF

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

1969年に発表された昔の歌謡曲に「みんな夢の中」という歌がある。つらく悲しい恋を「どうせ夢だもの」と語り、夢と知りながら恋へ向かう女心を表現している。「喜びも悲しみも みんな夢の中」という歌詞は、救済のようでもあり慰めのようでもあり許しのようでもあり、限りなく正確に世界を表現しているように思える。どんなに自分が酷いことになっても、目が覚めてそれが夢だったことがわかったとき、夢の中で起こったことについて人は寛容になれる。なんだ夢だったのか、と。

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

SONY α7CII / Thypoch Eureka 50mm F2

眠っている間に見る「夢」をビジュアルとして再現するのは難しい。夏の日のソフトクリームのように、すぐに溶けて消えてしまうのが夢だからだ。目覚めた後その残像を必死に追いかけて、自分の中で反復したり他人に話して言語化したりして像を結んだ夢の映像を脳に定着させる。それでどうにか夢を頭の中で再現しているわけだ。それは少々主観的なアレンジが入った代物とも言える。リアルタイムで見ているときには鮮明だった像が目覚めた瞬間に鮮明さを失っているのか、そもそも夢は鮮明なビジュアルではないのか、実際のところよくわからないが、我々がイメージする夢は、淡く、柔らかい世界である。

SONY α7CII / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 Ⅱ

SONY α7CII / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

FUJIFILM X-E4 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

「夢のような感じ」を写真にしたいと試みたことが何度もある。ミスト系のフィルターを使ったり、ガラス越しに撮ったり、オールドレンズの粗さを意識したり、光の飽和を捉えたり。いずれにせよ現実とは少し違う世界を追う行為である。どちらかと言えば柔らかい写真よりも硬い写真を好んで写真を撮ってきたが、柔らかく淡い写真も嫌いじゃない。辛いものも好きだが甘いものも好きだ、というのと同じだ。

FUJIFILM X-E4 / Voigtlander COLOR-SKOPAR Vintage Line 21mm F3.5

FUJIFILM X-E4 / Voigtlander COLOR-SKOPAR Vintage Line 21mm F3.5

以前、「記憶」をテーマに写真を撮って、その中のいくつかを抜粋して「Nostalgia」という写真集をつくった。これはレンズをチルトさせる手法で撮影した作風だが、レンズを傾けて得られる表現は「夢」のニュアンスに近い気がしている。焦点が現実にはない部分にあって、全体としては均整を失っている。部分的に像が乱れて色褪せている。そういうところが目覚めた後に再現された夢によく似ているのだ。

OLYMPUS PEN-F / PENTAX auto100 lens

OLYMPUS PEN-F / PENTAX auto100 lens

OLYMPUS PEN-F / PENTAX auto100 lens

OLYMPUS PEN-F / PENTAX auto100 lens

OLYMPUS PEN-F / PENTAX auto100 lens

昭和時代の歌「みんな夢の中」は、玉置浩二のカバーで知った。オリジナルはどうしてもその古さが耳について聞きづらく、ベドベトしてねちっこく、聞き終わった後に手を洗いたくなるのだ。そうでないものもあるが、昭和歌謡はカビ臭いものが多いので、清潔な環境で暮らす潔癖症の我々現代人には現役のアーティストがカバーしたバージョンの方が聴きやすい。「みんな夢の中」は割と最近知った歌だ。同じく大人になってから知った昭和歌謡で「涙くんさよなら」という素晴らしい歌があって、これもオリジナルの坂本九ではなく鈴木雅之が歌ってるのを聴いて知った。童謡のような聞きやすく歌いやすいシンプルな歌だが、短い歌詞を読み解くと決して子供向けの歌詞ではなく人生の核心をついた意味深い真実がそこにある。調べてみるとどうやら「みんな夢の中」と同じ浜口庫之助という人が作詞作曲していて、親しみやすいメロディと耳障りのいい歌詞の奥に深いテーマがあるのが共通している。恋にしろ涙にしろ、表裏一体となっている人の心を実に見事に表現する才能は、いったいどこから来るのだろうと感心してしまう。

FUJIFILM X-E4 / PENTAX Super Takumar 55mm F1.8

若い人のつくる音楽をよく知らないオジサンだが、羊文学というグループをyoutubeで知ってすっかりお気に入りになった。楽曲「OOPARTS」では「地球はオーパーツ 100億年の夢」「僕のエンパイア 100年弱の夢」という歌詞で、地球と人生を夢と表現している。我々が生きているこの星はとても長い夢、人の一生は少しだけ長い夢、たかが夢、所詮夢という意味深な言い回しである。地球だって人生だって、夢と同じようにいつの日か終わりが来ることは同じなのである。

SONY α7CII / Nikon Ai Nikkor 200mm F4

今年のはじめに父の脳に腫瘍が見つかって、手術しなければ余命1年と言われた。結局手術はせず母が自宅で介護を続けることになり、そんなこんなでそろそろ10ヶ月が経とうとしている。漁師の家に生まれ結婚して子供を2人つくり、役職のないサラリーマンを早期退職で早々に切り上げて20年以上リタイア生活をしてきた父の生涯はいったいどんなものだったのだろうか?歩くのもやっと、話すのもやっとの死を待つ老人の背中を見ながらふと考える。若い頃に何を考えていたのか、今何を思うのか。主張がほとんどなくいつもコミュニティの隅の方に黙って座ってるような父から何かを引き出すのは難しい。父の隣では呆れるほどお喋りな母がいつもいて、こんな女と暮らして朝から晩までその声を聞いていたらカピバラのように毎日ボーっとしてしまうな、と考えてしまうが、そう言えば父もカピパラのようにおっとりした人である。人は誰でも死ぬ。そして死んだ後は残った人の記憶のなかで、確実に、急速に色褪せていくのだ。我々はいま、色鮮やかな夢の中で生きているのかもしれない。

FUJIFILM X-E4 / PENTAX Super Takumar 28mm F3.5

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