身軽なハンター Eureka 50mm

2024.07.23PHOTOGRAPH and WOLF

Thypoch Eureka 50mm F2 01

身軽なことは素晴らしい。煩わしい制約に囚われず、アンテナが立ったことにすっと行動できる人のことを「身軽な人」と言うが、そうでない人と比べてより多くの経験と価値を手に入れることができる。思い立ってふらっと海外に行ける人や、やったことのないのに躊躇せずチャレンジできる人がいる。そういう人たちのことを独身だからできるとか、会社員じゃないからできるとか、親からもらった財産があるからできるとか、美人だからできるとか、何だかんだ理由をつけて限られた者の特権のように語りたがるのが世間だが、正確に言うと身軽な人は「身軽でいられるように意識している人」である。大人たちが抱えている数々の制約は、往々にして頼まれてもいないのに自身で抱え込んだものが多い。こうでなければならないとか、これでないと成立しないとかっていうものは、フタを開けてみるとエビデンスのないことだらけである。

定期的に登山をしていた頃は、できるだけ荷物を少なくすることを心がけていた。登山経験のある人だったら共感してもらえることだが、トレッキングポールやタオルや食料といった必ず使うものに加え、懐中電灯やテープやナイフや雨具といった「もしも」の場合に備えたものをバッグに詰めると結構な量と重さになってしまう。水分補給のための飲料水も欠かせないし、カメラやレンズを持っていくのは言うまでもない。アレも必要だしコレもあった方がいいね、もしかしてコレも使うかもねとグズグズやっていると、登山口にたどり着くまでに疲れてしまうような大荷物になってしまう。当たり前だが重たい荷物は体を疲弊させる。そして困ったことに事故や遭難のリスクを高めてしまうのだ。普段持ち歩かないような重たい荷物を持って普段歩かないような山道を歩いたら、転んだり崖から落ちたり転んで足を骨折したりすることも当然の成り行きである。「もしも」の場合に備えた装備が、逆に「もしも」の場合を生み出してしまうという、登山の「あるある」なのだ。だが、もっと深刻なのは「重い荷物を持っていると楽しめない」ということだろう。楽しくないのにやる必要あんの?という話である。

Thypoch Eureka 50mm F2 02

Thypoch Eureka 50mm F2は、中国のシネレンズ専門メーカーが今年発売したMマウントレンズだ。タイポッシュというブランド名も、エウレカというレンズ名も聞き慣れない名前だ。薄っぺらい愛国心のもと、できるだけレンズは日本製のものを使いたいと思ってきた。中国製のレンズなんか使わねぇよ、そう考えていたが120gという軽さの魅力にあっさり負けてアルミバージョンを買ってみた。レンズ自体のつくりはとてもよく、フードとUVフィルターが付属し、外装パッケージもしっかりと「品質のいいものを買った」という気持ちにさせてくれる。中華レンズは安くてちゃっちい、というのはもう過去の話なのかもしれない。フードを組み合わせてレンズを測ってみると130gだった。手に取るとフワッと感じるほどの軽さである。

Thypoch Eureka 50mm F2 03

レンズのスタイリングがLEICA M11に合うのは言うまでもない。2年前、M11を選ぶときに軽量化されたブラックボディではなくあえてシルバーボディを選んだ。手の脂が目立ちそうなブラックよりも金属感のあるシルバーの方が美しいと思っていたし、実際にブラックを手にしてみるとその軽さが逆に安っぽく感じたからだ。だが2年経って僕もめでたく50代に突入し、何をしてもすぐに疲れてしまうへなちょこ度合いが増している今日この頃において、110gも軽いブラックを選ばなかった自分を激しく呪っている。それじゃあ軽い方のライカをもう1台買いますか、というわけにはいかないので、軽いレンズを組み合わせて帳尻を合わせようという魂胆もある。手持ちのベストレンズ、Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5の重さは約200gで、エウレカ50mmならフードを使ったとしても70gの減量ということになる。

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真01

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 02

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 03

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

開放ではずっしりと落ちる周辺減光がありつつ、四隅でも像が流れずしっかりと描写する。開放からシャープ、といった評価を聞くが開放ならズミクロンの方が遥かにシャープで、F8に絞った場合もノクトン50mmの方がシャープだ。シャープで力強い描写を求めて選ぶレンズではない気がする。オールドレンズのような滲みはないが、エッジはややソフトで柔らかい印象である。一方で光のコンディションによりノスタルジックな描写もみせてくれる。新しいレンズらしく逆光にも強く安定しつつ、ゆるいところを意図的に残したレンズなのだろう。

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 04

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 05

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 06

Nikon Zf / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 07

Nikon Zf / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 08

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

残念なのはフィルターの溝がないので、NDやブラックミストといったフィルターをレンズの先端につけることができない。90cm以下に寄って撮りたい場合は、レンズとカメラの間に接写リングを挟む手間がある。ただし、M型ライカ以外のカメラにヘリコイド付アダプターを使って取り付けるなら、ハーフマクロ撮影も快適に楽しめる。Nikon Zfはやや重めなカメラだが、エウレカ50mmとの組み合わせで身も心も軽くなる。

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 09

Nikon Zf / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 10

Nikon Zf / Thypoch Eureka 50mm F2

レンジファインダーでのピント合わせは、どちらかと言えばノクトン50mmの方が快適だ。ピントリングの回転がエウレカが約180度、ノクトンが約90度で、その違いが撮影テンポに影響する。たくさん回さないといけないエウレカで素早くピントを合わせるのは慣れが必要だと思う。

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 11

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 12

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 13

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 14

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 15

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 16

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

Thypoch Eureka 50mm F2で撮影した写真 17

LEICA M11 / Thypoch Eureka 50mm F2

120gなのに内容はかなり上質。中国製なんか、ねぇ…という先入観をいい意味で裏切ってくれるレンズである。趣味性が高いくせに、描写もしっかりしている。いやぁ、中国人もなかなかいい仕事するね、という感想である。重いカメラも重いレンズも僕には必要ない。なぜなら荷物が重くて疲れるのではなく、どうせなら写真を撮りまくって疲れたいからだ。

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