愛せる欠点とM-Rokkor40mm
2019.10.05PHOTOGRAPH and WOLF他人の欠点を許せないのは、自分の欠点が見えていないからだ。自分が大切に抱えているおびただしい数の欠点を嫌になるほど知ってしまうと、目の前にある他人の欠点のひとつくらい多目にみてやろうという気になるものだ。人は誰でも人に迷惑をかけながら生きている。人に限らずすべてのものには、多かれ少かれ欠点があるものだ。そういうことを本の知識ではなく度重なる経験で痛感すると、オールドレンズが好きになっていく。
しかし、人というのはやっかいな生きもので、欠点があれば何でもいいというわけではない。それは、そうだ。見た目が醜く、底意地が悪く、不潔で陰気臭い男に惚れる女性はほとんどいないだろう。どんな欠点も大好きだ、という奇特な考え方ができるのは悟りの境地に達して後光が差している人だけだ。最近の技術によって補正されていない古いレンズには、周辺減光、フレア、二重ボケ、滲み、像の流れといった欠点がある。個人的には周辺減光やフレアは大歓迎だが、滲みや極端な像の流れがあまり好きじゃない。周辺減光は、エッジが立つものよりもなだらかなグラデーションの方がいい。二重ボケにもある種の「品」がほしい。フレアは好きだけど順光の時は勘弁してくれ。とか何とか、ちまちまと細かいことを言い出すと、欠落だらけのオールドレンズの中で「何でもいい」というわけにはいかなくなる。そこで白羽の矢が立ったのが1981年のレンズMINOLTA M-Rokkor 40mm F2だ。
ロッコール40mmはいくつかの種類があるようで、手に入れたのはライカとの契約解除後にミノルタが再設計したものだ。再設計したと言ってもオリジナルはズミクロンでマウントはライカMマウントなので胸を張って日本製とは言い難いが、それでもオリジナルとは微妙に異なる安定感が、日本人の技術を感じさせる。このレンズはとにかく小さくて軽い。重さを量ってみると105gしかない。フルサイズセンサーでありながらコンパクトで軽いソニーα7Sに、ホークスファクトリーのヘリコイド付アダプターとレンズフードを追加すると総重量が680g。身も心も軽くなる撮影機材となる。レンズとセットで販売されたゴム製のフードはいまいちなので、汎用フードを使う。古いニコンのフードをつけてみると、とても愛らしい佇まいになった。
F2という今や特別感のないF値、40mmという微妙な画角もあってか、高い評価を受けている印象のないレンズではあるが、同じラインのM-Rokkor 28mmでM-Rokkorの魅力に完全にやられている身としては、手に入れる前から期待は高かった。ライカには40mm枠がないのでトリミングが難しいが、通常のファインダーのカメラなら問題なし。40mmという画角は35mmと僅か5mmしか違わないのに、50mm気分で使うことができる不思議な画角だ。それでも50mmとは違うので、50mmでは表現しにくいワイド感を出すこともできる。撮ってみると、絞り開放でも中央部は滲むことなくしっかりと描写されるようだ。ぐるぐるボケを起こす像の流れは激しい方ではない。周辺部の劣化は当然のようにある。周辺部に青被りがある。同じ40mmのVoigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4と比べても違いがある。Mロッコールの場合、開放が滲まず使える。絞っていくと起伏が減って平坦になり立体感が薄れていくものだが、このロッコールは絞っても立体感が損なわれず、若干の甘さもあって情感が残る印象だ。レンズの個性において開放近くの描写ばかり注目されがちだが、絞ったときにどうなのか?も、見逃せない重要な部分だと思う。
情緒的なトーンだけでなく、ソリッドな現像にも耐えられそうだ。驚くほど小さいレンズでありながら、PENTAX Super Takumar 55mm F1.8のようなディテールをしっかりとつかめるところが好感が持てる。300枚ほど撮ったところで、あれ?もしかしたらこのレンズは僕にとってベストレンズなのかな、そう思えてきた。
素晴らしきかなMロッコール40mm。28mmの良さは知っていたが40mmがこれほどいいとは思わなかった。しかし、どんなに褒めちぎってもそこは1981年のオールドレンズ。現代のものにはない欠点がしっかりある。重要なのはそれが許せる欠点かどうかだ。使う側が許容できる欠点ならば、それはもはや欠点ではなくちょっぴりチャーミングな「癖」みたいなものになる。欠点を許容して受け入れてしまえば、そのレンズの長所を存分に楽しむことができる。長所にフォーカスできるようになれば、ちょっとした短所は邪魔にならない。いい部分を味わいたければ、悪い部分を受け入れること。それはとても自然で当たり前のことだ。美味しい食べものは体に悪い。魅力的な女性は面倒だ。やり甲斐を手に入れるためには時間や労力を使わなければならないし、人と楽しい時間を重ねるためには面倒なコミュニケーションが必要だ。だからと言って「苦労することに意味がある」という昔の人の言い分は少しおかしい。ネガティブ要素自体に価値があるのではなく、魅力的なものには少々の欠点くらいあるもんだ、そう理解する方が健康的だ。欠点を器用に補正して均衡のとれたモダンなレンズのように、ちょっとした欠点を避け、インスタントに快楽を得ようとする傾向が若い世代にあるらしい。ネットゲーム世代の若い人たちに、使いこなすと面白いちょっと面倒なオールドレンズをぜひ使ってもらいたい。
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