もう恋なんてしない
2021.03.04PHOTOGRAPH and WOLF恋はするものではなく落ちるもの。といっても男女の話ではなく撮影機材の話である。物に恋をするなんて最高に気持ち悪い比喩ではあるが、使ってみてあっという間に心を掴まれ、毎日のように撮影したり気づくと意味もなくナゼナゼしている。まさに恋である。レンズ沼という言葉があるが、どうせ落ちるなら、沼よりも恋の方がいい。
気に入って使っているレンズにミノルタMロッコールがある。こいつはライカMマウントのメイド・イン・ジャパンで、恐ろしく小ぶりなくせに素晴らしく頼りになるレンズだ。28mmと40mmを使っているが、壊してしまったときのために予備を持っておこうかなと思うほど気に入っている。ミノルタの他のレンズも、使ってみたら気に入るのかもしれない。そこで気になったのが一眼レフ用のロッコールレンズだ。一眼レフ用のロッコールはAuto、MC、MD、Newとバージョンがあるが全部ミノルタSRマウントで、アダプターを使ってミラーレスカメラにつけられる。僕が手にしたレンズMINOLTA MD Rokkor 50mm F1.4は発売が1977年で、オールドレンズの中では比較的新しいためか、生産数が多かったためか、概ね1万円以下で売っているので財布に優しい。小ぶりなレンズではあるが、アダプターを使ってソニーにつけると残念ながら「小ぶり」とは言い難い。写真を撮りに出かけるときはカメラを常に肩から提げていたい写真撮りとしては、長いレンズは邪魔でしょうがない。だからレンズはなるべくコンパクトなものを好んで使う。その点ではアダプターを介したMDロッコールは何とも微妙なサイズ感ではある。しかし撮ってみて「ま、いいか」と思うことになる。このレンズ、なかなかいいのである。
オールドレンズの割には安定した描写をすることがすぐにわかる。F2.8からF5.6までの絞りではスッキリとした透明感が感じられる。マニュアルフォーカスなので撮影する本人がピントを外したら元も子もないが、実に精緻にディテールを捉えるようだ。絞れば絞るほどセンサーのゴミや汚れを拾って現像時に手がかかるものだが、F8まで絞らなくても全体をしっかりと描写する。絞り開放近くはどうかというと、オールドらしく周辺部は像が破綻する。それでも、F1.4という明るいレンズにしては中央部がしっかりと描写される。破綻の具合も実にほどよい。ライカMマウントのオールドレンズでは、開放近くでピントを合わせた場合、少しでもピント面が中央からそれると像が破綻し崩れてしまうが、MDロッコールではそういう心配はなさそうだ。
全体的に「しっかり者」の印象だが、逆光でのフレア、滲み、周辺減光、柔らかさといったオールドレンズらしい描写もしっかりある。6角形の玉ボケ、背景のボケのざわつき、撮るものによって絵のように見える省略のされかたも大歓迎だ。キレイにも撮れるし、アグレッシブにも撮れる。そういうところがツボに入って、撮るごとに自分が「落ちていく」のを実感した。スーパータクマー50mmや沈胴ズミクロン50mmと比べて遥かに扱いやすいところも好感が持てる。あーでもないこーでもないとブツブツ言いながら、自分なりに選び抜いて使っている交換レンズのほとんどはマニュアルレンズで、フォクトレンダー以外は製造の古いオールドレンズである。オールドレンズは収差があってファジーな反面、表現の幅を広げてくれる。年代が古ければ古いほど収差があり、コントラストが低くモヤモヤっとした写りをする傾向がある。絞り開放近くのホヤっとしたのも捨てがたいが、強く淀みなくバチバチっと強めに撮りたいことの方が多い。だから、あまりにもモヤモヤでフニャフニャなレンズは僕には合わない。そういえばMロッコールの40mmと28mmが1981年、MDロッコールが1977年のレンズで、どうやらこの辺の年代のレンズが自分の好みに合っているのかもしれない。
MDロッコール50mmは予想以上に僕を喜ばせてくれて、しばらく夢中になってこのレンズで写真を撮った。緑のロッコールと呼ばれるMCロッコール58mmも手に入れて何枚か撮ってみたが、これもなかなかいいレンズだった。コーティングの影響かかなり柔らかい。しかし、時間をかけて分解掃除をしてピカピカにした後にマウントアダプターにつけたらヘリコイドが動かないまま外れなくなってしまい、残念ながらアダプターごとゴミになってしまった。悲しい事故だが、仕方がない。そんな悔しさをすっかり忘れさせてくれるほど、MDロッコール50mmはとてもいい感じである。
異性との恋と少し似ているが、使いたてのレンズなんぞにほだされてしまうと、自分らしい写真は撮れない。おおっ、こんな風に写るんだ。おおっ、開放もいいね。ええっ?もしかして一番いいんじゃない?などとやっているうちに、一体何を撮っているのか自分でもわからない状態になってしまうのだ。恋は盲目と言うが、使いたての機材も同じような現象を引き起こす。人も物も、魅力的なものの引力を侮ってはいけない。その夢の中で漂っていたい。しかし、いつまでも夢の中にプカプカ浮いているわけにはいかない。恋の呪縛から逃れるためには、飽きるまでとことん時間を共有するしかない。100回、1000回と回を重ねることで我々はようやく恋の病から脱出することができるのだ。
オジサンになってもオバサンになっても、結局人は恋に落ちる。相手が人であれ、相手が物であれ、何だかんだ理由をつけて「ほだされて」しまうのだ。10代、20代なら恋に浸ってヨダレを垂らす日々でいいだろう。興奮して眠れない夜も、いずれいい思い出になる。しかし、それなりにいい歳になったら、ふいな出会いでホヤっとしたとしても2週間くらいでケリをつけて冷静な頭を取り戻したいものだ。何かに没頭するのは素晴らしいことだが、自分のコントロール下で自由に楽しむのと、自分以外の何かに終始振り回されるのとでは、大きく何かが違う。
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