近くから遠くへ

2019.08.14PHOTOGRAPH and WOLF

LEICA M Typ240 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4 SC

魅力的に目に映るもの。色、状況、造形、光。その1つに「遠近感」がある。まっすぐに続く道、ビルの直線、広い大地、そういったものだ。非日常的な風景から毎日見る景色まで、パースペクティブなものが目に飛び込んでくると「ああ、いいなぁ。」となってしまう。世の中には美しいとか可愛いとかカッコイイとか様々な称賛の言葉があるが、遠近感について最もしっくりくる言葉は「気持ちいい」である。「ああ、気持ちいい…。」このマニアック、かつ少々変態的な趣向を持っているのは、おそらく僕だけではないだろう。

遠近感を好む心理は、割と明確だ。1つは「広さ」に対する心地よさ。水平線が見える海が見える場所に行くと「わぁー」となるのと一緒で、人は広さを感じるものに心地よさを感じる。直線が遠くまで伸びる景色は、より広さを演出する要素となる。かつて夜になると酒を飲み歩いていた頃は、飲み屋は狭ければ狭い方がいいと考えていたが、アルコールで麻痺しヨダレを垂らしてヘラヘラ笑うときの感受性は特殊である。広い家、広い会社、広い心。誰だって広いものは好きなのだ。

夏の写真02:Voigtlander NOKTON Classic 35mm

SONY α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 E-mount

LEICA M Typ240 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M Typ240 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M Typ240 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

遠近感を好むもう1つの心理は「連続と安定」だ。造形の連続、色の連続、光の連続。条件は様々だが、とにかく目に映るものが連続していることで遠近感が成立することが多い。手前にあるものが、ずっと遠くまで連続している様子。あるいはそう見える現象は、心を安らかにさせる。手の届く場所に「A」というものがあり、100m離れた場所にも同じように「A」があれば、その間の100mは全部「A」という安定した世界が続く。何かが規則的に連続している事象は、こよなく心を安定させる。逆に連続しているものが不規則な場合、きっと心はざわつくことになる。例えば道路のセンターラインが仮に四角とか点とか丸とかめちゃくちゃに不規則だったとしたら、神経が落ち着かず事故が多発するかもしれない。人は無意識に、規則的に連続している事象を欲しているのだ。

安定というと、以前は消極的なものの代名詞だった。しかし「安定」は、そんなに悪いものだろうか?人は誰しも弱い生きものなので「安定」なしには生きられない。僕らにとって必要なのは安定している過去の蓄積よりも、どちらかと言えば未来に対する安定の見込みだ。今日あるものが明日もあるというシンプルで日常的な思い込みが、僕らの精神を支えている。今月給料が入ったから、きっと来月も給料が入る。今年毎日通った学校に、きっと来年も毎日通う。愛する人と、きっと明日も一緒にいる。過去に連続していたものが、明日もきっと連続するだろうという見込みで、何気ない日常が成立している。1の次は2、2の次は3というルールは、宇宙の法則でも何でもなく我々の願望である。実際には今日と同じ事象が毎日連続することはなく、宝くじが当たったり事故死したり彼女ができたり後輩に裏切られたりとハプニングの連続だが、未来に対する安定の見込みがないと、我々の精神はあっさり崩壊してしまう。

建築写真01 PENTAX Super Takumar 55mm F1.8

SONY α7R2 / PENTAX Super Takumar 55mm F1.8

LEICA M Typ240 / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

LEICA M Typ240 / LEICA Summicron 50mm F2.0 Collapsible

ビルの写真を撮っていても、建物を撮っているのではなく、直線が織りなす気持ちのいい遠近感を撮っている気でいる。鋭く刻まれる奥行きのピッチ。その連続と安定への欲望。近くから遠くへ、その遠近感が「安定」の本質を問いかけてくる。

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