テクノロジーと人の関係

2023.12.15PHOTOGRAPH and WOLF

LEICA M11 / Voigtlander APO-SKOPAR 90mm F2.8

妻のiPhoneが新しくなってスマホのAiが書き出す擬似的な「ボケ」に感心した。撮影した写真を手前のものはクッキリで背景はふわっとボケる、という一眼カメラで撮ったかのような処理をするアレである。やってることは手前のものを切り抜いて背景をぼかすという職人的な作業で、レタッチ業界では珍しくも何ともない合成だが、スマホが一瞬にして処理してしまうことに価値がある。ちょっと前まではレタッチが乱暴でお粗末な代物だったが、今年のiPhoneは機械のくせに割と繊細な仕事をしてくれる。大きい画面やプリントで見るとチープさが目立つものの、スマホで見る分にはまったく問題ないレベルだ。プログラムの工程がどうなっているのかなんて頭の悪いジジイには理解不能だが、それなりに開発に手間のかかった技術のような気がする。後ろがボケたり手前がボケたり、写真の「ボケ」の経済効果がマーケットにあるのは間違いない。肉眼では写真や映像のような盛大なボケを感じることはないので、我々が写真に「肉眼とはひと味違う世界」を無意識に求めている証拠だと言える。

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

一般的にもオタク的にもボケの効いた写真がいいとされる一方で、隅々まで鮮明に写ったシャープな写真を「美しい写真」と考える人も少なくない。画面で言うと4Kとか8Kとか、そういう解像度の高い世界である。アナログ時代では解像度がフィルムサイズに依存するため、35mmよりブローニー、シノゴ、バイテンとより大きなフィルムを求め、解像度を高めるための潤沢な光源をライティングでつくり出すことに邁進した。デジタル時代では撮影のコンディションに加えて、レンズとセンサーとデジタル現像がシャープな写真を実現している。アナログ時代でもデジタル時代でも光源が弱いとISOを上げる必要があり、ISOを上げることでノイズが発生し写真の鮮明さが失われるというジレンマがあったが、その点はテクノロジーが解決してくれる。僕が現像に使っているフォトショップのcamera rawでは、AIの「ノイズ除去」が追加されて今まで以上に繊細にノイズを取り払ってくれる。

従来のノイズ除去は写真をイラスト化するような大雑把な代物だったが、今年から追加されたものは悪くないレベルでノイズを処理してくれる。これによりフルサイズのカメラで撮影した画像なら、ISOが2万を超える高感度で撮っても違和感なく見れる写真に処理できる。100点ではないにしろ、70点くらいなら文句なし。camera rawに追加された解像度を倍にするスーパー解像度とノイズ除去を必要に応じて使っていけば、高解像度・高感度のカメラはもはや不要になる。いやぁ、テクノロジーってスゴイね。高いカメラと高いパソコン買ったのがバカみたいだね。オジサンおったまげて腰痛治っちゃうね。と、そういうわけである。

SONY α7R3 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

テクノロジーが進化してついつい喜んでしまうが、気になるのは脳の退化だ。いままで無駄な汗をかいて頑張ってきた脳がテクノロジーによって「お休み」してしまうのだ。工夫したり想像したり、脳をせっせと動かす必要がなくなれば必ず脳は退化する。頭を使おうが使うまいが自分が満足するたまらない写真が撮れればそれでいいのだが、客観的に見ても脳を使って撮ったものよりあまり考えずに撮った写真の方がイマイチなものが多い。能力の高い人がふにゃふにゃっと撮ってもいい感じの写真が撮れるのはその人自身の能力が充分に高いからであって、大した実力を持っていない写真家気取りが脳をお休みして撮ったって、悲しいことにゴミの山を量産することになる。

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

妻と出かけるときに毎回重いカメラを持ち出すのもしんどくなってきたし、愛犬の映像を頻繁に録っておこう思い、ソニーのVlogカメラを買った。感度のいい瞳AF、APS-Cのコンパクトなミラーレスだ。楽ちんだしコレはコレで割り切って使えば悪くない、そう思って数回使ってみたがおそらくもう2度と使わない。なぜなら、まったく「楽しくない」からだ。映像はそんなに悪くないと思えたが、写真については「スマホでいいんじゃない?」という写真しか撮れなかった。カメラの性能というより、撮る側の意識の問題かもしれない。散々調べて買ったVlogカメラは無駄になって、結局α7R3Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2を組み合わせて愛犬の動画を録ることにした。ウルトロン35mmは最高にいい雰囲気を出してくれるし、なにせ撮っていて気持ちがいいのだ。マニュアルレンズの場合ピントを追従することはできないし、シャッターボタンを押せば撮れるというものでもないから、自然とファインダーを覗く前から「こういうのを撮ろう」と考えてからカメラを構えることになる。特に写真の場合、ファインダーや液晶でちまちまとF値やシャッタースピードを設定するのではなく、M型ライカのように物理ダイヤルとレンズのリングでサクッと設定できる方がいい。マニュアルレンズ使いとしては、今年発売されたNikon Zfが使いやすそうなので、在庫不良が解消されたらソニーをそろそろやめて、ニコンに買い替えてもいいかなとも思う。

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

解像度やノイズ処理のテクノロジーは、多くの写真愛好家や職業カメラマンを幸せにしたんじゃないかなと思う。M型ライカは日本のカメラと比べてノイズが出やすいカメラだが、camera rawのノイズ処理のおかけでISOを迷わず「auto」にすることができる。テクノロジー最高!この時代に生きててよかったー!ただし、AFやぼかしの合成技術は、今後も僕には必要なさそうだ。ファインダーの中を色んな要素が飛び交っているのは鬱陶しいし、ボケがどうしても欲しければそういう撮り方をすればいいだけのことだ。写真や映像を編集するアプリケーションはどんどん進化してもらいたいが、カメラのテクノロジーはもう進化しなくてもいいんじゃないかなと思う。進化するなら形状(デザイン)の進化に期待したい。カメラメーカーの人々も、いつまでも似たようなデザインのカメラをつくり続けていてよく飽きないね、と正直思う。美しいとか、面白いとか、そういう人間的なお遊びがカメラに体現されていると、我々写真撮りはもっと自由な発想で写真を楽しむことができると思う。

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

テクノロジーの進化は人を楽にする前提で語られているが、手間が省けたり経験が不要になったりすることが必ずしも幸福につながるとは言えない。多くの労力をテクノロジーが担ってくれたら、人は多くの時間をもっと創造的なことに使えるだろう、そう科学者は言う。人がミスしないようAiが管理すれば経営は安定するだろう、そう経営者は言う。確かにそうだ、その通りだと肯定することもできる。だが、人はどんなに時代が進んでも不完全な生き物なのだ。人というのは困ったことに意味不明な汗を流したいし失敗して叫んだりしたいのだ。そして何より、汎用性の高い「正解」ではなく、何とも形容し難い「名答」にたどり着きたいのだ。テクノロジーは何といっても有り難い。正直言って「ない」と困る。とは言え、すべてを受け入れずに拒絶することがあってもいいと思うのだ。

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