黒潰れと白飛びの世界

2024.10.10PHOTOGRAPH and WOLF

Nikon Zf / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

世の中には不可思議な価値観がうごめいている。人は特に意識することなく、意味不明な風習や倫理観を身に纏って生きている。我々がしがみついて離さない価値観の正体をいざ知ってしまうと、とんでもなく陳腐な起源と理屈ではじまっていることが多い。仰々しく何世代にも渡って受け継がれてきたことも、由来や意味を知ってしまうと何だ知らなきゃよかったと落胆するのだ。一般的に「よし」とされている習慣や常識を一度疑ってみると、思いもよらなかった新しい世界が開けるものである。

写真の撮り具合で、露出がオーバーしてディテールが白く飛んでしまうのを「白飛び」、逆に影の部分が濃くなってディテールがなくなってしまうのを「黒つぶれ」と言う。白飛びと黒つぶれについては、写真としてあまりよろしくないとされてきた。商業写真では人や物の影をレフ板で明るくしたり、風景写真ではHDR機能や現像で白飛び黒つぶれを補正したりするのが一般的だ。細部まで描写していることが「キレイな写真」というのが多くの人が抱く価値観で、そういう写真を撮るためのレクチャーも多い。商業写真でそういう「キレイ」な写真が求められるのはある意味仕方がないとして、趣味や作品撮りの写真では白飛びや黒つぶれにそこまで神経質にならなくてもいいように思う。案外、白飛びや黒つぶれもいい味があって、捨ててしまうには惜しい魅力があるからだ。空のディテールを意図的に飛ばした写真やシャドーが黒くつぶれた写真が結構好きだ。オーバーぎみに撮って現像で濃度を調整したり、適切露出で撮って現像で特定の色を飛ばしたり、やり方はともかく、中途半端に写ってるくらいなら、飛ばしてしまった方が気持ちいい。

LEICA M11 / PENTAX Super Takumar 55mm F1.8

FUJIFILM X-E4 / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

LEICA M11 / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

FUJIFILM X-E4 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

背景を完全に白く飛ばしてしまったとしても写真のフレームは保持していたい。つまり、白地に写真置いたとして、ここからここまでが写真だという境界線のことだ。よくやるのは現像で背景を限りなく「ゼロ」になるよう補正した後に、トーンカーブで白地の濃度を上げて「紙白」をつくること。紙白の色は薄いグレーでも薄いブルーグレーでも生成りでもいい。自分が納得する色味で仕上げればいいだけだ。

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

屋外で花や植物の写真を撮るときに白や黒の紙を使って背景をシンプルにすることも多いが、光の当たり具合や被写体と背景の関係によってはライティングをしなくても黒バックで撮ったような写真にできる。もちろん、ストロボを使って背景を黒くするという方法もある。いずれにせよ、目で見て魅力的に感じたものにどれだけ自分が介入して意図したものにできるかが、写真を撮ることの楽しみの1つである。

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

FUJIFILM X-E4 / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

Nikon Zf / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

Nikon Zf / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

Nikon Zf / Voigtlander ULTRON Vintage Line 35mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

LEICA M11 / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

Nikon Zf / LEICA Summicron 50mm F2 Collapsible

高画質、高精細、高階調、高bit。そういうものを相変わらずカメラは追いかけているが、その一方で我々がそうでないものを求めるマインドも根が深い。若い人がエモイを連呼しながらフィルム撮影に走ったりスマホでレトロなプリセットを当てたりしているが、おじさん達もすっきり撮れないオールドレンスを使って喜んでいたりと、世代にかかわらず「欠落」を求めてしまうのが興味深いところだ。ちゃんと写っていることが称賛の対象になっていたアナログ時代はとっくに過ぎ去り、きれいに写っているのは誰でも撮れて、クセや個性がない写真なんてつまらないね、カメラの性能が発揮されるだけの写真なんて飽き飽きだね、というのが現在の写真に対する評価なのではないかと思う。

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

OLYMPUS PEN-F / MINOLTA M-Rokkor 40mm F2

Nikon Zf / Voigtlander NOKTON Vintage Line 50mm F1.5 Aspherical II MC

LEICA M11 / Voigtlander APO-SKOPAR 90mm F2.8

白飛び黒つぶれ最高。場合によっちゃ細かいディテールなんてどうでもいいよ。そんなことを言っていると色んなところからヤジが飛んで来そうだ。なぜなら、階調の豊かさや鮮明さを最も重視して写真を撮っている人が多いからだ。仕事を一生懸命頑張っている人に「仕事なんて茶番だ」と言ったらブチキレられるし、熱心な宗教信者に「宗教は政治の手段だよ」と言ったら背後からナイフで刺されてしまうかもしれない。本当のことを言うときには、まぁまぁ気を遣わなければならない面倒な世の中である。白飛び黒つぶれ表現は、本来写真に写ってしまう情報を制限してシンプルにする効果がある。つまり写したくない部分を排除することができるのだ。会社やコミュニティの呪縛の中で取捨選択がうまくできなくて悩んでいる人は、トレーニングとして「白飛び黒つぶれ写真」から始めてみるのはどうだろうか?

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