奴隷としての幸福と希望

2026.03.18PHOTOGRAPH and WOLF

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

我々は奴隷である。幼い子供を除くと誰もが皆、様々な制約の中で奴隷となって生きている。誰かに依存し、何かに依存し、経済や食料や欲望や家族の奴隷となって生涯を送るのだ。奴隷がご主人様に逆らうことなど許されない。どんなに理不尽な仕打ちを受けてもムチでピシャっと叩かれても汚い言葉でなじられても「あぁ、すべて私の落ち度でございます。」と涙と鼻水を流しながら謝罪する、それが奴隷の本分なのである。震え上がるほど地位と権力があっても、唸るほど財産や土地があっても、信じがたいほどの美貌を持っていても、奴隷は奴隷だ。残念ながら我々に課された奴隷制度から抜け出す術はない。だが、幸運なことに我々には何の奴隷になるのかを選択する自由が認められている。そう、選べるのである。

何年くらい写真を撮っているのか?と尋ねられることがある。自分では7、8年かなぁと思っていたが、記録を辿ると10年以上熱心に写真を撮っていることを知る。そんなに長い間、あーでもないこーでもないとやってるのかと思うとなかなか感慨深い。写真撮影の奴隷になって10年以上、色んなカメラやレンズを使って海や山や森に出かけて撮影し、僕の奴隷ライフは充実している。やめられない止まらない、という段階からやがて「やらねばならぬ」へと頭と体が移行していくと完全なる奴隷生活のはじまりだ。数日撮っていないと禁断症状が出始め、理由もなくカメラの電源を入れて目の前のボールペンなんかをライティングしてマクロ撮影しだしたら1人前の奴隷になった証である。僕の場合、わりと早い段階から道端の草を撮ってうへへへとなっていたから撮影ジャンキーとしての素養があったのかもしれない。グラフィックデザイナーという職業柄、写真を現像するというデスクワークもそこまで苦にならない。写真を撮りに行く移動中に友人とくだらない話をするのも楽しいし、1人でイヤホンから流れる音楽を聴きながら撮るものを探し歩く時間も好きだ。平凡なものの中に非凡な魅力を発見するのが得意で、撮った写真を現像でジャンプアップさせる作業も好きだ。写真撮影の奴隷になる条件は人それぞれだと思うが、要因は1つではなく複数の理由が絡み合って成立しているのだろう。

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

写真撮影の奴隷として多くの人が突入するフェーズは機材の購入で、裕福でなくても小金をだらしなく放出できる我々日本人に多くみられる現象だ。現象というより、症状と言った方がいいのかもしれない。機材探しと購入のフェーズはそろそろ終わったかな、そう思ってもついつい買ってしまう。だから奴隷なんだよ、とそういうわけである。

標準レンズと言われる焦点距離に50mmと35mmがある。どちらも魅力的な画角ではあるが、どちらが好きかという考察は興味深いものがある。僕はずっと50mmの方が好きだと思っていたが、35mmの方が性に合っていることに気づいた。もっと言えば28mmや24mmといった広角の方が心地いい。CCDセンサーの一眼レフ、D3000にズームレンズをつけて撮影するときも、気づけばほとんどの写真をレンズの広角側で撮っている。僕にとっての標準レンズは50mmではなく35mmのようだ。昨年から使っているAPS-CセンサーのX-E4でも35mm相当の画角で撮れるちょうどいいレンズが欲しいと思っていて、使い出したのは中国製のレンズTTArtisan 23mm F1.4 Cである。

TTArtisan 23mm F1.4 Cは軽くて安いAPS-C用のマニュアルレンズだ。画角は35mmで近くの人を絞りF2以下で撮れば背景はそれなりにボケる。広角レンズなので絞った時のシャープさは申し分ない。こういう安いレンズを買うときは過剰に期待せずとりあえず使ってみて、気に入らなければ売ってしまえばいい。もちろん売ったとしても買った金額がそのまま戻ってくるわけじゃないが、数千円でレンタルしたと思えば悪くない。だが使ってみると悪くない感触だ。悪くないどころか結構いい。同じTTartisanの25mmも持っているが、23mmの方がはるかにいい。エウレカ50mmの良さにも驚いたが、最近の中国製レンズは侮れないところがある。今年のCP+でも中国製レンズがズラッと並ぶ焦点工房のブースが一番面白かった。景気が安定しない中国だが、アクションカメラの売上では中国製が8割近くを占め、スマホ、電気自動車、家電、物流と中国製の勢いは加速し続けている。エウレカ50mmやTTartisanを使っていると、マーケットの中心だけでなく大して儲からない細かな趣味の分野まで、中国製で埋め尽くされる未来も遠くない気がしてきた。

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

FUJIFILM X-E4 / TTArtisan 23mm F1.4 C

パンデミック後から韓国ドラマを観続けている。妻と一緒に観たり、1人で観たり「ヤー」とか「ミヤネェ」とか「アゲスミダ」といった韓国語をほぼ毎日聞いている。タイトルを確認するとドラマを132作品、映画を247作品も観たらしい。これはもう、誰が見ても完全に奴隷だ。いままで韓国ドラマ鑑賞に費やした時間を累計すると、とんでもない時間になるだろう。だが、まったく時間を無駄にした気がしない。それは楽しい時間だからだ。元来、フィクションが好きなのだ。世界の空ではバカ共がミサイルを打ってドンパチやっていて、どんなに生活が豊かになっても結局人は戦争がしたいのだという絶望的な現実を突きつけられる。もしかしたら、我々の世界は100年もたないかもしれない。そんな事実よりもフィクションの方がまだ希望がある。

アメリカの奴隷とか、経済の奴隷とか、妻の奴隷とか。何だかんだ言って我々は何かの奴隷である。好き好んで奴隷になってるわけじゃない、と人は言うだろう。だが、本当はなるべく心から好きなものの奴隷でいたい。写真撮影の虜になった皆さん、今日も元気に奴隷やってますか?

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